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医師兼漫画家 森皆ねじ子

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お通ちゃんのCDはゴミなんかじゃありませーん!(血の涙)

7月5日は最悪の日だった。ハロプロの新しいユニットJuice=Juiceの大塚愛菜ちゃんが突然脱退してしまったからだ。インディーズCDがいい曲で、そこそこ売れて、メジャーデビューの日程も決まり、なにもかもこれからだったのに。彼女は突然辞めてしまった。しかもその理由が「契約条件が親御さんとの間で合意に至らなかった」からだという。なんだそれ。まぁ、ハロプロの事務所が説明する「脱退理由」はいつだって適当だから――よく言えばいつも「優しい嘘」をつくから――今回も本当の理由がどこにあるのかはわからない。1年後くらいに「あぁ、実はこういうことだったのね」と腑に落ちるニュースが届くことも多い。そう、たとえ大塚ちゃんが半年後にAKB研修生になっていても、avexアイドルオーディション合格者一覧に名を連ねていても、Nゼロからデビューして大塚オレンジ愛菜になっていても、スマイル学園でファンと一緒にプールに浸かっていたとしても、別に驚かない。あ、最後のはさすがにちょっと驚くかも。正直言って理由なんかどうだっていい。もしこの発表が本当ならば、「契約条件って一体なんだよ!」とか「14歳の子供の夢を親が砕くなよ!」とか「それでいいのか、つかぽん!モーニング娘。9期オーディション落選組から拾われて、ここまで3年間も研修生として頑張ってきたんじゃないのかよ!やっとデビューできるんだよ!なんで今、こんなタイミングで辞めるんだよ!!」とか、いろいろと思うことはある。でもそれも、どうだっていい。彼女がいなくなってしまったという事実だけがどうしようもなく悲しい。

ハロプロは源氏物語に似ている。様々なタイプの女性の人生を、少女時代からおばあちゃんになるまで何十年間もかけて見守ることができる。それが源氏物語およびハロプロの真の醍醐味である。素人からデビューして、山あり谷あり恋愛あり結婚あり出産あり休業あり復帰あり、人生色々ありながらも芸能界という特殊な環境で生きていく女性の姿をずっと見ていられる(事務所に首を切られることがない)。今の状態の矢口ですらも、ぶっちゃけすげぇ面白いと思っている。一部のヲタは苦々しく思っているだろうけれども、それでも決して見切らないのがハロプロでありハロヲタである。一度愛した女はどんなに不細工でも、身分が低くても、落ちぶれても、不倫でも、セックスをやらせてくれなくても、一生フォローして六条院に囲う光源氏によく似ている。ハロヲタというものは、たとえどんな外見であっても心は光源氏なのだ。そんな我々にとって最も辛いのはメンバーが急に辞めてしまうことである。この文章を読んでいる多くの皆さんにとっては「大塚愛菜って、マジで誰それ?」くらいの感情しか沸かないであろうことも、重々承知している。それでも私は彼女をすでに3年間楽しんでいたし、これからもむこう20年間は楽しむ予定だったのだ。

「はぁ、こういう急な辞め方した子は、他所さまから復帰してもあまり上手くいかないんだよねぇ。はぁ、歌上手かったのになぁ。はぁ、ハロプロで人気が出そうなタヌキ顔だったのになぁ。はぁ、『私が言う前に抱きしめなきゃね』の歌い出し最高だったのになぁ。はぁ、いやでも、大丈夫だ。私にはまだ、かなともとあーりーとウグイスがいる。あぁ、でも。はぁ、なんで」と真夜中のモニターの前でため息を連発していたら、なんだか自分がどんどん深い沼の底に沈んでいくようで、浮き上がってこられなくなった。私は昨日締切だったはずの原稿を仕上げなければならないのに。朝になったらレタスを切ってサラダを作ってご飯を盛って、夫と子供を送り出さなければいけないのに。梅雨の間にたまった洗濯物を完璧に洗って干して畳んでしまわなければいけないのに。どろどろの沼の底から這い上がることができない。でも「Juice=Juiceのつかぽんが辞めたショックで仕事が手につきません」と言ったところで(それは紛れもない事実なのだが)誰も取り合ってくれないだろう。そっと優しくパキシルを処方されるのがオチだ。私は明日からも、まっとうな大人の社会人として生きていかなくてはいけないのだ。

三次元の恨みは二次元で晴らせ。これがねじ子の処世術である。三次元で辛いことがあったら、さっさと二次元に飛べばいい。つかぽん脱退のショックで沈んだ深海からさっさと浮上するために、ねじ子は公開されたばかりの映画『劇場版銀魂 完結篇 万事屋よ永遠なれ』を見に行くことにした。しかもなるべく「聖地」と呼ばれるところで、熱いファンに囲まれながら見たい。私のぺしゃんこに潰れた心なんて、オタクの皆さんの溢れるリビドーで吹き飛ばしてほしい。と、いうわけで初日の池袋に行った。映画はとても面白く、ねじ子は深海から見事に浮上した。バック・トゥ・ザ・フューチャーの1・2・3をまとめて見たような、または小林靖子が得意とするタイム・パラドックスを用いた仮面ライダーのオールスター映画を見ているような、そんな充実感だった。①人気のキャラをすべて出す②でも主要キャラは誰も死なせない、なぜなら③本筋のストーリーに決定的な影響を及ぼす展開は御法度だから。④でもハラハラドキドキするストーリーと派手なバトルは必須で、⑤(ヒットした場合に備えて)必ず続編を作れるようにしておく。以上の要素を娯楽映画が満たそうとすると、どんな作品もオールライダー映画の如くならざるをえないのだろう。

それでも目を引く要素はいっぱいあった。歴史を変えるために未来からやって来たキャラクター達が戦ってタイム・パラドックスにより消滅する、という設定自体はよく見るが、あんな消え方は初めて見たこと。完結篇でありながら前日譚としても解釈できること。この映画のキーワードは三位一体で、入場者特典も三位一体フィルムだ。万事屋は銀時と新八と神楽で三位一体、真撰組は近藤と土方と沖田で三位一体、攘夷は桂と高杉と坂本で三位一体。その万事屋と真撰組と攘夷も、拮抗組織として三位一体。そして銀魂そのものもギャグとSFとチャンバラ・アクションの三位一体で、どれが欠けてもダメなこと。非常によくできているなぁ。

ねじ子の日本オタク大賞2013は今のところ『ジュエルペット きら☆デコッ!』と『帰ってきた特命戦隊ゴーバスターズVS動物戦隊ゴーバスターズ』の一騎打ちだったのだが、『坂田銀時×坂田銀時 MOVIE大戦アルティメイタム』おっと違った『劇場版銀魂 完結篇 万事屋よ永遠なれ』もそれに匹敵する出色の出来だった。ありがたい、これで明日も生きていける。あ、でも一言だけ言わせてくれ。変な病気にかかったと思ったら、5年間も一人で放浪してないでさっさとお医者さんに相談してね!たとえ現代医学では治らない病気だとわかっていても、病院には来てね!「その病気どこからもらってきた!この疫病神!」とか言って責めたりしないからさ、絶対に!感染症において「最初の一人」「最初の患者」の情報ってすげぇ大事なのよ!よろしくお願いします。(2013/7/21)