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ねじ子webについて

医師兼漫画家として活動している森皆ねじ子 Morimina Nejiko の公式ブログです。
執筆した書籍や同人誌の情報、イベント参加日程、個人的なおたく活動の備忘録などがあります。

不定期更新ですが、いちおう新刊が出たりコミケに出たりするときはきちんと告知するつもり。予定。たぶん。

サイトマップはこちら。ともかく楽しんでいってくだせぇ。

コンプリートまでの期待値

ラバーストラップコレクション ルパンレンジャーVSパトレンジャー全8種類。
完全ランダム封入。
コンプリートまでの期待値は22個、正確には21.742857142857個です。
(なおそれでも期待回数内ですべてそろう確率は 64 %ぐらい)
今回は12個買ってみました。

さあ開封式です。

揃いました。やったね。8種類あるガチャを12回引いた場合コンプリートする確率は9.3306424096227%ですから、「よっしゃラッキー!」と叫んでいいでしょう。
「統計をやっていてよかった」と思うひとときです。

 

こちらは全20種のシール入りウェハースです。

完全ランダムならばコンプリートまでの期待値は72個です。でも大人ですから、大人らしく、大人買いつまり20個入りの一箱まるごと買いました。全種揃っていることを期待します。

よかった、揃いました。「大人になってよかった」と思うひとときです。
キュウレンジャーの皆さんはスコルピオ兄貴も含め、役者さんの美麗な顔面が映っています。ルパパトはガワのみですが、スタイリッシュでいい写真です。ウェハースが思ったよりも大きくて、なかなか食べきれません。詳細はこちら

 

さて、2012年にメダカカレッジ&大上先生と一緒に作った数学の新書『マンガでわかる統計学』が最近好調です。発売当初からAmazonでずっと上位をキープしているわりに、店頭ではあまり見かけない、かつみんなが読んでいるように見えてあまり言及もされない、不思議な動向の本です。Amazonでは長い間さまざまなジャンルでトップセールスを維持し、2019年10月現在、いよいよAmazonで「森皆ねじ子」と検索すると、医学書よりもこの本がトップに来るようになりました。恐ろしい。もう7年も前の本なのに、不思議です。「ものの売れ方」って本当に予想がつきませんね。売れるにしても売れないにしても、売れる時期にしても、一筋縄ではいかない。作者の思うようになんて少しも動いてはくれません。もちろん当時も全力で、「売れるように」というありったけの願いを込めて制作していたわけですが。正直、こんなにロングテールの商品になるとは予想していませんでした。ありがたく思います。

表紙の推移をここにまとめておきます。

最初。中がこれ↑で帯がこれ↓でした。

好評だったので帯が表紙に出世しました。↑

↑深帯、という名前の実質二重カバーになりました。『マンガでわかる統計学』は深帯にしてから非常に好評です。上品な新書っぽさがよいのでしょうか。ブック・デザインの大勝利。プロってすごいですね。

ちなみに表紙に選ばれた絵は表紙用に描いたわけではありません。マンガの中の一コマです。よく見ると細かいところに「あら」があります。狼の足が地面にめり込んでいたり、足首が奇妙な形の人がいたり、ウサギさんの身長がそれほど高くなかったり、なぜか先頭にねじ子がいたり。いやー、なんでこの絵が選ばれたのか、私にもわからない!でも!どんな小さなコマのどんな絵も、手を抜いて描いてはいけないってことだけは!わかる!いちど世に出したあとは、どんな使われ方をするかわかったもんじゃないから!まさか表紙になるとは、油断してた!(2019/10/10)

 

Once Upon A Time in AKIHABARA<各論>


POARO / Once Upon A Time in AKIHABARA
2002年当時の秋葉原。

秋葉原もずいぶん変わった。この曲がリリースされた当時の私も「秋葉原はずいぶん変わったなぁ!」と思っていたが(URL)そのときからもずいぶん変わった。

この曲が出たのは、電気工学とパーツの街だった秋葉原にアニメキャラの看板が乱舞するようになり始めた時期である。自らがオタクでありながらも、私は街の変貌に困惑した。

「電車男」というテレビドラマが大ヒットし、秋葉原は「オタクの街」として一躍有名になった。美少女アニメキャラの看板が舞い踊り、メイドと地下アイドルが大量に集まって一大ムーブメントを作り、外国人観光客が押し寄せ、静岡から来た男が歩行者天国で通り魔事件を起こした。いまやそんな時代すらも過去になった。今の秋葉原にはもう、バスケットボールコートも石丸電気も紙風船もメッセサンオーもアソビットシティもアキハバラデパートも交通博物館もボウルズボールBBもない。再開発が進み、大型ビルがにょきにょきと生え、ラーメンとケバブとおでん缶しかなかった(だから「一食くらい食わなくても死なない」というPOAROのリリックが心に響いた)食事場所は格段に増えた。秋葉原にすらタピオカ屋が生えていて笑っちゃった。様々な国の観光客がポケモンやドラゴンボールや美少女フィギュアを買い漁りに来る、日本を代表する巨大エンターテイメント街になったのだ。

もちろんそんな周囲の喧噪は意に介さず、電気街としての秋葉原は存在し続けている。秋月電子と千石電子と謎のジャンク屋は相変わらず健在だ。ガード下のパーツ屋のたたずまいも変わらない。闇市だった戦後当時から存在するアダルトショップは、中国語で呼び込みの放送を流す観光客向けテンガショップに生まれ変わっていた。たくましすぎる。これらの店が存在している限り、秋葉原はきっと変わらない。

●ハロヲタ兼特撮おもちゃ好きのための秋葉原巡回ルート2019年版

秋葉原駅に到着→ラジオ会館を下から上へざっと流す(特撮関連商品があるのはハピコロ玩具、あみあみ、宇宙船、アキバのエックス、イエローサブマリンなど) → ジャングル2号館 → 千石電子 → 秋月電子 → カルチャーズZONE1階のらしんばん秋葉原店新館(特撮DX玩具とフィギュア) → 同じビル3階のTRIOカルチャーズZONE店でハロプロの中古商品を探す → まんだらけコンプレックスを上の階から下の階までざっと流す(7階に特撮DX玩具)→ 駿河屋秋葉原本店3階(おすすめ。特撮玩具がワンフロアにあり便利※1)→トレーダー本店で仮面ライダーの玩具とDVDチェック(扱いは少ないが相場より安い)→ 駿河屋アニメ・ホビー館3F(おすすめ。特撮玩具山盛り※2)→リバティ8号館(おすすめ。特撮玩具山盛り※3) → ハロー!プロジェクトオフィシャルショップ → 買いたいものがある場合は秋葉原駅方面へ戻る、特に戻る必要がないときは末広町駅から帰る。

※1※2 同じ駿河屋でも店舗によって値段が違うので注意。
※3 DX玩具は3階、ガチャガチャと食玩は7階にある。フロアが分かれているのが難点。相場より値段が高い。そのせいもあって古い作品の在庫が潤沢に残っている。商品の種類の多さは抜群で、「放送当時はこんなものを売ってたのか!」という古典作品玩具との様々な出会いがある。一回しか来店できない観光客が多い秋葉原という立地に合っていると思う。ゴーオンジャーのガチャガチャの炎神があんなに揃っている実店舗は初めて見たし、シンケンジャーやジュウオウジャーのスィングが今でも手に入るのなんて秋葉原でもここくらいだろう。

今日一番の収穫は、TRIOカルチャーズZONE店のハロプロのショーウィンドウにハロメンのフィギュアスタンドキーホルダーが全50体くらい並べられているど真ん中に、新木優子さんのサイン入り卓上カレンダーが鎮座されていたことです。可愛い女子に囲まれた新木優子さんは、満面の笑顔でとてもとても幸せそうに見えました。ディスプレイした人は、ハロプロのことも周辺文化のことも、完全にわかってるな。

放送当時品切れで手に入らなかったビルド&ルパパト夏映画のパンフレットと勇動パトレン1号とノエルのミニプラセットも手に入りました。やった。次の休みは勇動スーパーパトレン1号とミニプラVSXを自作しよう、そうしよう。(2019/9/6)

Once Upon A Time in AKIHABARA<総論>

自由な時間が一日できると、私は今でもひとり秋葉原に行く。

秋葉原は夢の国だ。自分の大好きなアニメや漫画やゲームやアイドルや特撮の、フィギュアや写真や本や映像媒体や買い逃したグッズやコンプリートし損ねたコレクションアイテムを探すために、街を一日中くまなく歩きまわってしまう。薄汚れた雑居ビルに入り、狭い階段を登って、興味ないジャンルの商品の山をかき分けながらお目当ての棚にたどりつき、品揃えを確認し、商品の値段と状態と適正価格を調べ、かごに入れたり、棚に戻したりする。前の店の値段と比べて前の店のほうが安ければ買いに戻る。今の店が安ければここで買う。

秋葉原に行くと自分が歳をとったことを忘れる。自分の年齢も忘れ、自分の性別も忘れ、自分の職業も溜まった仕事も家事も家族構成も来し方も行く末も、何もかもを忘れて私はただの「消費者」になる。秋葉原を歩く私は完全に「無」の存在だ。自我を持った生命体ですらない。秋葉原で架空の世界の玩具を探す私は、完全なる世界の傍観者になる。

まんだらけの狭いエレベーターに乗りあわせた私たちは、さまざまな国籍のさまざまな人種のさまざまな性別のさまざまな年齢の人間だけれども、それぞれにみな無であり、それぞれみな「私」である。私みたいな人ばかりだ。「私は一人ではない」と、確かに私はそのとき実感する。私はあなたであり、あなたは私だ。夢中になっている対象はそれぞれ違うけれど、あの街の狭い雑居ビルのエレベーターに乗りあわせたあなたは私であり、私はあなたなのだ。誰も私のことを気にしない。私も誰のことも気にしない。どんな服であろうとどんなかばんを持っていようとどんな靴を履いていようと、どんな顔や体型や髪型であろうと、男であろうと女であろうと若かろうと老人であろうと、なにもかもすべてどうでもいい。そんなことより、これから行く店にどんなフィギュアとガチャポンと食玩と同人誌が置いてあるか。その方がずっと重要なのだ。

すべての目的地を回り、欲しいものを買い、今日は手に入らなかった商品を把握し、訪れるべき店もなくなったところで私はふと立ち止まる。お腹がすき、足も疲れ、行くところがなくなった私は我に返り、桃井時計を見上げる。そしてふと気が付く。私には何もないと。私の人生には何ひとつないと。人生には何もなく、私はこのまま死ぬ。何もないまま死ぬ。私は特別ではない。歴史に名を残すこともない。人類に貢献する仕事を成すこともない。何もないまま生き、何もないまま死ぬ。死ぬんだよ。そんな思いが去来する。目の前の看板の可愛らしいアニメ塗りの美少女は巨大な瞳孔をめいっぱい開きながら、その中には何も入れず、ただこちらに顔を向け微笑んでいる。

この感覚を感じるまで私はこの街を歩き、満足して帰路につく。私は肩に食い込むかばんの紐の重みだけを感じながら人混みとともに秋葉原駅の自動改札機に吸い込まれ、プラットホームへの階段を登る。このかばんの中身を少しずつ開封し、消費しながら私はこれからの一週間を生きていく。(2019/09/04)