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医師兼漫画家 森皆ねじ子

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2016年 ねじ子のオレコンランキング

1位 ロケット団(ムサシ・コジロウ・ニャース) / ロケット団 団歌

アニメ「ポケットモンスターサン・ムーン」一夜限りのエンディング曲。ロケット団3人の声優さんたちが作詞を手がけ、歌も歌っている。

「それいけ!アンパンマン」におけるばいきんまん、「ヤッターマン」シリーズのドロンボー一味、ポケモンのロケット団と、日本における「よくできた」冒険活劇アニメシリーズには、憎めない悪役レギュラー陣が不可欠である。彼らが毎回小さな悪事を計画し、なんらかのトラブルをおこして(これが物語を動かすきっかけを作る)主人公たちに懲らしめられ、去っていく。でも、完全に排除はされない。主人公から少し離れた場所で、彼らはいつもしたたかに生きている。これはゆるやかな共生であり、日本における正しい勧善懲悪の描写であると私は思っている。敵を完全に根絶やしになるまで根絶する冒険活劇は(アメリカでは受けるだろうが)狭いムラ社会の日本には似合わない。気の食わない人間や目的の違う人間だっているけど、決して完全な排除を狙わず、コミュニティの中で適度な距離をたもち共存するのが、災害が多く国土が狭い日本における現実だと思う。

共存するために、彼らは決して「絶対に許すことができないほど」悪いことはしない。実は6年前のポケモンアニメ「ベストウイッシュ」において、ロケット団ははじめて完全にシリアスな悪役として描かれた。毎回決まった名乗りを上げて登場する例のパターンも放棄した。結果として「ベストウイッシュ」は面白みに欠けた作品となった。まぁベストウイッシュがつまらなかったのは、ロケット団だけのせいではないけれど。我々はロケット団の底抜けの明るさ、何度主人公に負けても決してめげない姿、仲のよさ、馬鹿馬鹿しい決め台詞の「お約束」に、毎週心を癒されていたのだ、実は。失ってはじめて気付く安穏ってやつだ。時代劇が減り、水戸黄門が放送されなくなり、子どもたちにわかりやすい勧善懲悪が失われつつある今、ばいきんまんとロケット団には末長く頑張って欲しい。

2位 くるり / 琥珀色の街、上海蟹の朝

くるりにしては珍しいラップソング。これまたくるりにしては珍しく前向きでありがちなリリックが続いたあと、突然のサビでキラーフレーズが降ってくる。「上海蟹食べたい あなたと食べたいよ 上手に割れたら 心離れない 1分でも離れないよ 上手に食べなよ こぼしても いいからさ」宇宙規模の孤独を感じている少女の胸に飛び込んでいくイメージ映像の中、突然の食べ物の話。しかも食べ方まで言及。あぁ、つんく♂だ。これはつんく♂の世界観だよ。宇宙のどこにも見当たらないような約束のキスを原宿でするんでしょ。宇宙のどこにもないものが、原宿という極地にあるんでしょ。マクロ的視点では何も存在しない、のっぺりとした空間に放り出された個人が、ミクロ的視点によって真理や喜びにたどり着くってことでしょ。

ちなみに2番では「上海蟹食べたい 一杯ずつ食べたいよ 上手に食べても 心ほろ苦い あなたと食べたいよ 上手に割れたらいいな 長い夜を越えて行くよ」とある。タイトルも「上海蟹の朝」だ。これは「モーニングコーヒー飲もうよ 二人で」と同じである(断言)。あ、今なら「モーニングみそ汁飲もうよ まーどぅーで」か。朝から上海蟹を食べるはずもないので、ありていに言えば「上海蟹食べたい」ってのはセックスしたいってことで、サビをわかりやすく日本語に直訳すると「君とセックスしたい 上手にセックスできたら 心離れない 上手に食べなよ こぼしてもいいからさ」ってことなんだろう。おい、何をこぼしてもいいんだ。女の子に何を飲まそうとしているんだよ。「上手に割れたらいいな」って、何を割ろうとしているんだ。破瓜か。直接言ったら台無しなことを、食べ物で暗喩。サウンドは最高にお洒落、まったく手抜きなし。アニメ映像も最高にお洒落でまったく手抜きなし。最高だね、私そういうの大好きよ。

3位 キング・クリームソーダ / ♪ばんざい!愛全開!

つんく♂作詞、はたけ作曲。歴史的名曲「シングルベッド」の体制である。つんく♂とはたけがコンビを組むのは実に5年ぶりとのこと。つんく♂さん病気してたもんね。ゲーム『妖怪ウォッチ3 スキヤキ』のオープニング曲である。「あれ?『妖怪ウォッチ3』って、『ポケモンGO』と発売日がかぶって話題をつぶされてなかった?」と思っていたら、どうやら7月に出たゲーム(妖怪ウォッチ3 スシ/テンプラ)のリメイク版がすでに12月に出ているらしい。いくらなんでもサイクル早すぎ。半年も待たずにリメイクしやがって。子どものお小遣いをいったい何だと思っているんだ。レベルファイブはいつもそうやって、早すぎるリメイクで既存のファンをがっかりさせながら、自らの商品価値をすり減らしていく。最後は作品ごとスパッと捨てて、次の企画へ行く。レイトン教授もイナズマイレブンもそうだった。

歌は「妖怪ウォッチ」でおなじみキング・クリームソーダ。もちろん最高に歌がうまい。もちろん最高に曲もいい。

つんく♂さんはハロプロ以外にも曲を提供するようになった。そしてそのどれもが素晴らしかった。「いないいないばぁ!」の『まる、まるっ』も『ずーっといっしょ』も「クラシカロイド」の『やってらんない気分』も『嗚呼 えんどれすどりいむ ~乙女の祈りより~』も最高だった、最高だったからさ、もう帰ってきてくれよ!頼むよ!我々ハロヲタはつんく♂さんに捨てられてしまったのだろうか。胸が苦しい。ハロプロ以外につんく♂の曲が提供されていると、しかもそれがいい曲だと、胸が苦しいよ。これが嫉妬という感情か!!うう!どうすればいいんだ!

「クラシカロイド」14話のエンディングを元太陽とシスコムーンの小湊ちゃんが歌っていたことにも痺れた。ストーリーも月と太陽の話だったし。ねじ子が太シスで一番好きな曲は何を隠そう『月と太陽』です。2017年にもなって太シスネタをNHKで見られるとは!長生きはするもんだネ!つんく♂不足ですっかり病んだ私の目にはもう、バッハがつんく♂に見える。ということはバッハの隣にいる顎にほくろのある女性は道重さゆみだな!さゆに決まってる!うむ!藤田監督ありがとう、最初の数話を見たとき「歌苗が男の子だったら今の1024倍は腐女子が釣れていたであろうに」という見当ちがいな感想しか持たなかった自分を今からデロリアンに乗ってぶん殴りに行くよ。

4位 モーニング娘。’16 / 泡沫サタデーナイト!

ねじ子の今年のハロプロ楽曲大賞曲にして、最愛の鈴木香音ちゃんセンター曲かつ卒業曲。

ハロヲタとしても有名な「赤い公園」の津野米咲さんの作詞作曲。『LOVEマシーン』を代表曲とする黄金期のモーニング娘。が大好きだった女の子が、大人になり、音楽家になり、本家モーニング娘。に「あの頃のモーニング娘。」を彷彿とさせる曲を提供する。素晴らしい物語だと思う。ヤケクソに近い明るさ、真似しやすいダンス、安っぽくキラキラした衣装、20代OLをターゲットにした歌詞、ディスコファンクサウンドと、確かにすべてが黄金期のモーニング娘。っぽい。香音ちゃんの前代未聞の個性が弾ける感覚も、黄金期のモーニング娘。っぽい。素晴らしい。「『LOVEマシーン』みたいな曲を作ってくださいよー」という何千回も繰り返されたであろう糞オファー(そのたびにきっとつんく♂は苦笑いして聞き流してきたのであろう)に対する百点満点の回答だと思う。優等生の女の子が完璧な模範解答を持ってきたのを見守っているような気持ちだ。確かにみんなモーニング娘。にはこういう曲を求めているんだよね。

この曲の発売が香音ちゃん卒業のたった20日前で、完全な形での披露がほんの数回しかなかったことが本当に惜しまれる。なんで卒業3週間前にこれが完成するかな。どうしてもっと早く、この感じができなかったのだろう。彼女はずっと、モーニング娘。でいちばん有名なメンバーだったのに。さらに言えば、鞘師がいる間にこれができていれば、鞘師の運命も香音の運命も少し違ったものになっていたはずだ。今のままでは、この曲の素晴らしさはYoutubeの中に閉じ込められてしまう。もっと地上波でみんなに見せたかった。


卒業ライブの『泡沫』。22:09から。

さて、鞘師が遁走し香音が勇退して看板娘がいなくなったモーニング娘。’16。を、私は地上波のテレビで初めて見た。香音ちゃんのいなくなった『泡沫』を歌う彼女たちをボンヤリと眺めながら、私は確かに「あぁこれからは佐藤優樹の時代がやってくるのだな」と感じた。

つんく♂が過去に言ったように、佐藤優樹のことは22歳まで待ってあげなくちゃいけないんだと思う。彼女をセンターに据えるには、まだ早い。ずいぶん早い。しばらくの時間が必要だ。でももう他に人材がいないんだよ。メキノメリアちゃんはセンターを張れるだけの十分な華があるけれども、まだ早い。まだまだ歌を歌っているというより、音程をなぞってる段階に見えるし。あと2年は必要である。小田ちゃんとフクちゃんは高い歌唱力があるけれども、もう十分に歌割をもらっている。

そもそも本来ならば今は鞘師が絶対的エースとしてモーニング娘。に君臨しているはずの時間だった。他のメンバーは鞘師という大きな防風林の影ですくすくと成長し、数年後に果実が実るはずの若木であった。5年後あたりにピークが来て、大きな収穫が見込めるであろう人材が採用され続けてきたのだ。歌唱力的にもパフォーマンス的にも、まだまだ即戦力ではない。当たり前だ。

でも、鞘師の心がもたなかった。防波堤は崩れ、たくさんの苗木たちが荒波にさらされ続けている。鞘師の心が折れたことは決して責めるべきではない。そもそも、その鞘師も必要以上に早くエースとして荒波にさらされてしまった子どもなのだから。当時も、まだ幼い鞘師をいち早く抜擢するしかなかった。その抜擢は同期との間に圧倒的な格差を生んだ。推された鞘師は孤立し、推されなかったメンバーたちは疲弊して心を病んだ。上京して間もない思春期の少女たちには無理もない話だろう。結果として深まった鞘師の孤独は彼女の(そしておそらく香音も)早期離脱の一因になったと思う。

さらにその根元を探れば、そもそもの原因は7・8期が一人も残っていないことにある。本当に今更だけど、ホントは7・8期がリーダー&エースを張っているはずの時間なんだよ!今は!でも、みんなとっくにいなくなっちゃった。もちろん、7・8期のメンバーが悪いわけではない。ただ人数が少なすぎた、そしてみんないなくなるのが早すぎた。8年前の人事ミスがいまだに響いているのである。

というわけで、今モーニング娘。は正念場だ。新しく発表される13期メンバーにねじ子は大いに期待して武道館に足を運んだわけだが、そこで見せられたのは新しいモーニング娘。の物語の始まりではなく、研修生の物語の最終回であった。最終回は大団円で感動的だったけれども、私が見たいのはこれじゃない。私が見たいのはモーニング娘。の新しい物語が始まる瞬間なんだよ。『MY VISION』ってツアータイトルのわりにはモーニング娘。の新しいビジョンが具体的に語られることはなかったし。あ、事務所様のビジョンが「これからは研修生制度を中心にやっていくつもりだから!へそんとこよろしく!」ってことだけはビンビンに伝わってきたけど。

そうそう、つんく♂さん更迭後、すべての決定権を握っている大人たちが影に隠れてメンバーを守らず、ファンに叩かれそうな案件をすべて「メンバーが決めている」という体にしているけど、これは本当にやめてほしい。そんなはずないでしょ。億の金が動く決定を彼女たちがしてるはずないでしょ、未成年女子ばかりなんだから。重要なことを会議で決めてる大人たち、あなたたちが出て来なさいよ。人のせいにするなよ。前に出てメンバーを守ってよ。出て来られないのなら、メンバーのせいにする資格はない。せめて彼女たちの意思であるかのように装うのだけはやめてあげてほしい。上司のせいで自分がやっていないことの責任を負うことになってしまった労働者は、心を病む確率が格段に高くなるから。実際、心と体の健康を持ち崩すメンバーが次々続々と増えているではないか。私は夢を追う女の子を見たいのであって、夢破れて心身ともに病んでいく女の子なんか絶対に!見たくないんだよ。高木紗友希ちゃんの喉が潰れなくてよかったよ、金澤朋子ちゃんが辞めないでよかったよ。あれだって、「220公演・地獄のロードを自分たちで決めました」とかいうブラック企業宣言、あ、違った LIVE MISSION 220宣言がなければ、病名を公表せずになんとかやり過ごせたかもしれないんだ。明らかにやり過ぎのスケジュール組みやがって。しかもそれをメンバーが決めた体にしやがって。キー!労働者の健康を守らない企業を私は許さないんだからね!

「メンバーが決めている」という体をこれからも続けるなら、精神を持ち崩して離脱していくメンバーがどんどん増えていくのを止めるのは難しいように思う。精神不安定は業務上の事故に直結するから、怪我や病気による離職を防ぐのも難しいのではないか。実際つんく♂さんがいなくなってから、志半ばで精神または身体の健康を持ち崩してしまう例が増えているように思う。これはどんなにいい音楽を作っても、防ぎようがない。メンバーを精神的に支え、彼女たちの盾になり、会社とメンバーの意見が別れたときはメンバーの側についてあげる大人がいなくてはならない。そして、これはとてもむずかしい。だってスタッフの皆さんは全員会社員だから、上司に逆らうのはつらいよね。でも、自らが盾になってメンバーを守ることができないなら、つんく♂の代わりは永遠にできない。音楽だけ真似したってだめだ。

村上春樹さんはエッセイで「僕にとっての良い編集者というのは、とてもはっきりしています。会社の側よりは、作家の側についてものを考えてくれる編集者です。そういう人はそんなにたくさんはいませんが。」と言っていた。そう、そんなにたくさんはいない。きっと同じことだ。会社の側よりは、メンバーの側についてものを考えてくれる人。つんく♂早く帰ってきてくれ。

5位 スピッツ / 醒めない

冷めないではなく、醒めない。夢から醒めないって意味かな。迷いがなくならないってことでもあるのかな。

オールド・ファンとしては、超初期のブルーハーツ路線を再現する描写が山ほど盛り込まれているところが最高。スピッツはいつだってそうだ。若かった頃のトンガリを「なかったこと」にする連中を、決して許さない。黒歴史にしない、いやそれどころか積極的にほじくり出してわざわざこちらに見せにくる。知ってます。最近はyoutubeで過去のライブ映像が見られるから、インディーズ時代『惑星S.E.Xのテーマ』という怪曲で最後に「セーックス!」って大声で叫んでたことくらい、みんな知ってます。それでも、わざわざ原点を定期的に晒してくるおっさんたち。いいなぁ。あんまり持ち上げられすぎないための、彼らなりの作戦なのかな。神格化されすぎると、芸術家としては創作しづらくなるものね。

さらに彼らはスキあらば(たぶん予算やスケジュールに余裕ができると)音楽的にも、過去の自分たちのパンク・ロック路線に回帰しようとする。どんなことがあっても生まれた川に帰ろうとするシャケのようだ。バラードがあれだけ評価され、時代を超えて若者に支持され続け(youtubeのコメント欄が若さにあふれていて驚く)、教科書にいくつもの曲が掲載されてもなお、忘れぬ邪心。「君のおっぱいは世界一ぃぃぃぃいいいいいいい」って高らかに歌っていた頃となんら変わっていない。その誠実さはいつも私の心に春の風をふかせてくれる。マサムネの生き方は、いつだって私の創作活動のよき指標になっています。つんく♂さんとマサムネさんには末長く、伸びやかに、こころゆくまで創作活動を続けていただきたいものです。

6位 岡崎体育 / ポーズ

ポケモンアニメ「サンムーン」のエンディング曲。作詞・作曲・歌・ダンスは今をときめく岡崎体育さん。中肉中背の岡崎体育さんが完全顔出しでキレの悪いポーズを決めているMVも味わい深い。

「おーす! みらいの チャンピオン!」でリリックが始まった時点でもう満点。ここだけで100万点を叩き出している。これはポケモンゲームシリーズにおいて、ジム(ステージクリアに必要な一番の難所)の入口にいるおじさんが、挑戦に来たすべての子どもたちに向かって最初に言う言葉なのだ。彼は、弱い子も強い子も、明らかに負けそうな子にも余裕で勝てそうな子にも、すべての子どもにこの台詞を言う。「NPCが同じ台詞を繰り返しているだけじゃん……」なんて夢のないことを言ってはいけない。違うんだ、そうじゃないんだ。すべての子どもを「未来のチャンピオン」として扱うのが、ポケモンの重要な世界観なんだよ。子どもはみんな未来のチャンピオンである。今は弱くても、挑戦し続けていればいつか必ずチャンピオンになれる。相棒のポケモンと一緒に、なんど負けても、前に進めばいい。そうしたらいつか必ず君はチャンピオンになれる。すべての子どもたちと、すべてのポケモンを受け入れ、未来のチャンピオンとして扱うこの台詞は、いつだって前向きで、子どもたちとポケモンへの愛に溢れたゲームの世界観をよく表現した一言なのである。

ねじ子はポケモンゲームの中でこのセリフが一番好きだ。だから、このセリフが冒頭にある時点でもう200万点なのだ。その後に続くポケモンのタイプをすべて並べる歌詞も、相棒ポケモンへの愛を叫ぶサビも、歴代ポケモンアニメソングの伝統に的確にのっとっていて、よくできている。

7位 村川梨衣 / Sweet Sensation


アニメソングの印象は、アニメ作品の出来に大いに左右される。というわけでねじ子が今年最も面白いと思ったアニメは『12歳。~ちっちゃなムネのトキメキ~』であった。アニメ『怪盗ジョーカー』を見たあとにつけっぱなしだったテレビからこの番組のタイトルコールが聞こえて来たときは「ええっ?なにこのタイトルは!?子どもと一緒に見て大丈夫なやつ!?これ!!」と血の気が引いたものだが、いやはやまったく問題なかった。むしろ私が12歳のときにこの作品を見たかった。原作は少女漫画誌『ちゃお』で連載中で、12歳という「児童期と思春期のはざま」に立つ女の子たちが直面する様々な問題に真面目に向き合い、具体的な対処法を示している漫画である。例えば、ブラジャーはいつ頃から付ければいいか、ブラジャーを買うなら誰と行けばいいか、生理用ナプキンの種類、月経時の立ち振る舞い、からかってくる男子の上手なあしらい方など、どれも現実的な悩みばかりだ。明確な回答をしてくれる大人が少ない領域だとも思う。『ちゃお』を読んでいる女の子にリアルに役立つ情報ばかりだろう。

そして何と言ってもこの漫画のキモは主人公の彼氏・高尾くんである。高尾くんは若干12歳にして完璧な会話術とコミニケーション・スキルをもつ超人である。トラブルに対する切り返し能力の高さがもう天才的。ねじ子はシーズン1の途中からもうカレのこと「高尾センパイ」って呼んでる。カレ、たぶん42歳くらいじゃないかな。トラブル対処と交渉技術が大手代理店の一流エージェントなみ。

8位 ゲーム「ポケモンGO」より / 戦闘!ジムリーダー

今年の流行語大賞は「ポケモンGO」だったと思う。世界的にそうだったはずだ。今年の流行語大賞を「ポケモンGO」にできなかった時点で、流行語大賞は流行にまったくついていけていない時代遅れの産物であることを自ら晒したとさえ感じる。そして何を言われようと、私はまだまだポケモンGOをやり続けている。カントー国内コンプしてからやることなくなったけど、それでも、これからもやり続ける。誰もいなくなった近所のジムを私の黄色いピカチュウで占領しつづける夢が叶うまで、私はこの世界に居残りつづける所存だ。「だからみんな、いなくなっていいよ!オワコン呼ばわり大歓迎!」と思っているのだが、みんな一向にいなくならねーな。相変わらず東京のジムは15分で落ちる。

ポケモンGOのおかげで今年の夏は楽しかった。近所の歴史建造物や美術品に詳しくなった。普段は通らない細い路地を歩いた。これまで素通りしていた小さいお地蔵さんや祠に気付いた。様々なモニュメントの由来を知った。近所の名もない公園を見付けることができた。東京じゅうの公園に詳しくなった。一生行かなかったであろう土地にたくさん足を運んだ。お台場の地理と上野の飲食店に詳しくなった。渋谷に渋谷川という暗渠が流れていることを知った。近所のコンビニに行くのすらだるい、と思っていた私が、卵を孵化するために毎朝お散歩するようになった。ポケストップを回すために炎天下、隣の駅まで歩いた。おかげで2kg痩せた。

ゲーマーの息子と一緒にたくさんの公園を歩いた。ポケモンの巣になっている公園へ遠征し、目標のポケモンを狩り終わったあとは一緒にサッカーや水泳をして遊んだ。見ず知らずの人と協力して出現情報を教えあい、全力で走った。大声で「ピカチュウいたあ!」「ミニリュウ!」「カイリューだ!」と叫ぶ息子の声を聞いて静かに集まってくる周囲の大人たち(スマホ持ち)を見るのも楽しかった。17年ぶりに石巻にも行った。ポケモンGOは、ゲーマーの息子とインドア派の母親を東北まで連れ出してくれた。しかも日帰りで。その2日後に石巻に津波が来た。津波を知らない世代である息子に、生きた知識をつけてくれた。あのゲームには確かに、引きこもりや、日光が足りないことによって悪化するタイプのうつ(冬季うつ病など)の患者さんが外へ出るだけの素晴らしい「きっかけ」を作ったと思う。家から出る「勇気」をくれた、と言ってもいい。これは医者には決して与えられないパワーだ。位置ゲームって面白いね、ingress民の皆さんが言っていたことがようやくわかったよ。

そして、ポケモンを知らない世代にポケモンの世界を伝える最もいいソフトになった。クリーチャーとしてのポケモンの秀逸なデザイン、ネーミングセンスの良さ、単純なひらがなで覚えやすい技名、じゃんけん形式になっている「タイプ」相性という概念、151匹というコンプリートにちょうどいい数。これらすべては初代ポケモンで完成し、20年保っている秀逸なゲームデザインである。でも当時すでに大人だった熟年世代に、その完成度が認識されることはなかった。今回、万歩計がわりにこのアプリが熟年世代にも紹介されたことによって、彼らがポケモンというゲームシステムに初めて触れた。熟年世代にポケモンGOのアクティブユーザーがいまだに多いのは、彼らにとって「初めて知ることがとても多かった」つまり知的好奇心を刺激されたことも一因だと思う。(株)ポケモンは、ゲーム製作社のナイアンテックに対して「とにかく間口を広げる」「カジュアル、シンプル、簡単に」「課金をヘルシーにする」というオーダーを出していたと聞く。結果としてその戦略は大当たりだったと思う。

ねじ子が一番好きなのはジムバトル中のBGMである。ポケモンジムは多くの場合、歴史的建造物やモニュメントに設定されている。ほとんど屋外だ。寒かったり暑かったり日差しがきつかったり長時間立ったまま佇んでいると周囲に迷惑だったりする。よって、音楽を聴きながら悠長にバトルするのはむずかしい。ほとんどの人が無音で戦っているだろう。非常にもったいない。実はとても熱くてやる気の出る、バトル向きの曲である。余裕のある方は是非イヤホンをして音量をオンにした状態でジムバトルに挑んでみてほしい。スマホを叩くかじかんだ指先まで熱くなること、うけあいだ。

ちなみに遠くにあるジムをタップして中を様子見する時の音楽も好き。鍛え上げたポケモンを連れて、これから強い敵に会いにいくときの高鳴る気持ちにぴったりである。峠の山城を眺める足軽になった気分だ。うおー!城攻めじゃー!であえであえー!ちなみに実際のゲーム上では音源がループ構造になっていない。突然ブチッと切れて、また最初から音楽が始まる。雑!雑すぎる!この適当さ、ザッツ・アメリカン・ゲーム・クオリティ。まぁでも、それでいいのだ。「完成してから出せ!」と言ってたら永遠に出ないだろうし。特にこのゲームの場合、日本の会社制作だったらあっという間に各種団体から苦情と横槍が入ってリリース自体頓挫していただろう。ポケモンは日本のコンテンツだけれど、Pokemon GOは「とりあえず作ってリリースしてみてからいろいろ考えよう」というアメリカン・スピリッツなしでは作れなかったゲームだと思う。

9位 ゲーム「ポケットモンスター サン・ムーン」より / 戦闘!四天王

ポケモンゲームの戦闘曲は作業用BGMに最高である。①燃える曲調でやる気が上がる、②繰り返し構造なので再生ボタンを何度も押さなくてすむ、③歌詞がないから気が散らない、と三拍子揃っている。今年のポケモンゲーム新作サン・ムーンの中で最も好きな曲がこれ。初代からポケモン音楽を手がけている増田順一さんの作。増田さんはとっくに出世してディレクター兼メディア広報をやっている重役だから、ゲームの新作が出ても、作曲しているのは数曲程度である。その少ない曲の中に増田さんは必ず新しい要素をぶち込んでくる。それを味わうのが好き。

10位 「シャキーン!」より/ にせ~擬態のテーマ~

Eテレ朝の子供向け番組『シャキーン!』からの一曲。作詞・作曲・全パート演奏・ボーカル・アニメーション映像にいたるまで、ほぼすべて一人の芸術家(岡江真一郎さん)が作った作品である。日常の風景の中に擬態している「にせもの」を探すクイズ形式の映像だ。前半の歌詞は謎掛けになっていて、落ちサビの「にーせー♪」のメロディとともに「にせもの」が去り、答えがわかる。ポルカ調のアレンジも素晴らしい。多才すぎるよね?どんだけ練習してきたん?

NHK教育テレビことEテレはいつも新しい芸術家をいち早く見つけ、我々の前に連れてきてくれる。その選球眼の早さと鋭さに恐れ入るばかりだ。アンテナの感度がものすごく高い。Eテレはいつも「子供向け」「教育」という傘の下、潤沢な資金を使って好き勝手に、いや違った先進的に、クオリティの高い映像作品を作り続けている。BABY METALバックバンドの「神バンド」を起用した『ももももえ!』も素晴らしかった。

11位 「いないいないばあっ!」より/ チャックのうた

同じくEテレの赤ちゃん向け番組「いないいないばぁっ!」から、ベースがうなる名曲をご紹介。ジャンルはおそらくジャズ・ファンク、またはジャズ・フュージョン。バンドで言ったらウェーザー・リポート。どんなジャンルだ。「いないいないばあっ!」って、もう子供向けですらないんだよ。赤ちゃん向けなの。0歳から2歳までが対象。3歳になったら卒業なの。そんな番組で、2000年代も16年になって、ジャズ・フュージョン。すげぇよ。どういうことだよ。とんがってるなぁ。しかもいい曲なんだよねぇ、何回聴いても飽きない。キャラクターたちがチャックを開けて出入りする映像も最高だ。赤ちゃんってさ、番組タイトル通り、いないいないばぁが大好きなんだよ。赤ちゃんは視力が低く、一つの大好きなもの(両親やキャラクターの顔など)ばかり集中して見ている。そんな赤ちゃんにとって「いないいないばぁ」は、一瞬で顔が消える←→突然現れる、の繰り返しであり、突然の別れと突然の予告された出会いの繰り返しなのだ。そりゃ楽しいだろう。大声で笑うのもよくわかる。この曲の映像も、チャックを開けたり閉めたりするたびに、みんな大好きワンワンが現れたり消えたりするんだから。赤子、喜ぶに決まってる。とてもよく計算されている。そしてうなるベースソロ。フュージョン。圧倒的なグルーブ感。赤ちゃん番組、間口広すぎ。

以上です。次はハロプロ歌詞だけランキングでお会いしましょう。(2017/2/1)