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医師兼漫画家 森皆ねじ子

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どうせ終わらないエヴァ劇場版

エヴァンゲリヲン劇場版三部作を見に行こうとルンルンで上映館を検索したら、さっそく「四部作」になっていた。案の定と言えば案の上だけど、驚いた。しかも「序」って。次が「破」って。これ、「序」「破」「急」だよね?四作目どうすんの?

いやぁ、「今回こそは物語を終結させる」っていう庵野カントクの発言を、日本国民全員が眉毛につばを付けながら話半分で聞いていたわけですけれども。始 めっからやってくれますな。これからもどんどんその調子で私たちを楽しませてください、庵野カントク。絶対に最後までついていきますから!!ちょっとくら いの公開延期では我々はビクともしませんよ!なんせこっちは10年待ってますから!!

で、結局エヴァの上映時間には間に合わなかったので、もう一つ是非見たかったマイケル=ムーア監督・アメリカの医療保険体勢を断罪する映画「SICKO」を見た。

日本の医者は全員これを見た方が良いね。ていうか見ろ。 とくに「日本に医療はアメリカに比べると遅れてる」とかしたり顔で言ってる奴らは刮目してこれを見ろと言いたい。

アメリカの医者は、保険に入ってないorお金のない人には、「本当に必要な治療」ですらも、しない。薬指と中指を切断した人が、薬指くっつけるな ら12000$(144万!)・中指なら60,000$(720万円!)と言われて、薬指を選んだ(つまり中指はくっつけることができるのにゴミ箱に捨て た!お金がないために!)。そんな現実が、この世にあるんだな。ちなみに日本なら金のことは考えずに、とりあえず両方の指を繋いでしまう。急性期に繋いで おかないと、時間が経ってしまうと「くっつくもんもくっつかなくなってしまう」からだ。で、お金のことは「後で考える」。もし本当にお金が払えないのな ら、生活保護やら、分割の後払いやらを勧めることになる。「お金ないなら、治療してやらないよ~!」ってことには、絶対にならない。ちなみにイギリス・フランス・カナダは国民皆保険かつ、医療費も完全に無料らしいです。日本は国民皆保険+1~3割を自己負担(年齢等によって負担額は変わる)なので、その中間ですね。

日本の医療保険制度にも様々な弊害はあるけれど、それでも、「患者さんに行う治療を金によって制限する」「金のない保険のない人には必要な治療も 行わない」というような非人道的行為はやっていない。そんな風にはならないですむ。それだけで幸せなんだということに、この映画を見て初めて気がついた。 保険会社の審査を通らないからできる治療法もしない。金がないから見殺しにする。そんな環境では、自分は何のために医者になったのか、わからなくならなっ てしまわないだろうか?

「世のため人のため」なんてそんな綺麗事は大嫌いだけれど、それでもやっぱり、明るく楽しく目標を持って人生を生きていくためには、「綺麗な理想」が必要だ。医者の場合は「医は仁なり」「病気憎んで人を憎まず」「貧乏人と金持ちで患者を差別しない」「人命は地球よりも重い」とかいう、理想。口に出して言うと恥ずかしいけれど、医療関係者ならば誰しもが心がけていること。

マイケル=ムーア監督は、「綺麗な理想」を持っている人だと思う。自分の国・アメリカを美しく、より良くするという「綺麗な理想」がある。そして それを貫くだけのチカラ――社会力、政治力、防衛力、資金力、編集能力、そしてあの映画を作るために起こる様々な弊害や妨害や抵抗勢力をかわすだけのテク ニック――を持っている、希有なお人だと言えよう。(2007/10/21)