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医師兼漫画家 森皆ねじ子

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第2回 頭部外傷

心からの行楽客が多く来がちな一地方中堅病院の憂鬱な夜を語る「医局23時19分」。第2回のテーマは、秋の行楽中の事故です。

三連休のド真ん中に当直にあたってしまった可哀想な救急外来の面々の愚痴に耳を傾けてみましょう。
赤城くん:研修医1年生。野戦病院に来てしまった気がする、気弱なドキドキの一年目。

黄河くん:研修医2年生。すげぇデキる先輩。誰に対しても敬語。

桃山先生:女性オーベン。よく見れば美人。だがそれを覆って余りあるガサツなお姉さん。

スケボーですっ転んで膝を切った人を二人で縫合しながら

赤城くん:三連休の中日に丸一日当直なんてやるもんじゃないですね…。*1)
黄河くん:行楽日和ですからね。都心からいっぱい人がやってくるんです。羽目を外して怪我をする方々が多少いらっしゃるのも、仕方ありません。
患者さん:すみません…。
黄河くん:いえいえ。貴方のことではありませんよ。*2)
赤城くん:くそ~、青葉先輩は今頃江ノ島でサーフィンですよ。
黄河くん:彼は今、麻酔科*3)ですからね…。当直表も早々とこの三連休×つけてましたし。*4)
患者さん:いたっ。
黄河くん:ああ、局麻追加して下さい。*5)
桃山先生:(ガラッ)ねぇあんたたち、外傷来るわよ。頭から落ちてあまりレベル良くないんだって。どっちか、手おろして*6)こっちについてちょうだい。
黄河くん:いいですよ、赤城先生行って下さい。こちらは私がちゃっちゃと終わらせますから。
赤城くん:(えっ、最後までやりたかったのに…)わかりました…。
救急車から電話:先ほど依頼した安岐川救急です。36歳男性、会社の同僚とバーベキュー中、酔っぱらって1mほどの土手を頭から落っこちたそうです。レベルはIの2ですが*7)ちょっと飲んでまして。バイタル特に問題ありません。
桃山先生:あぁもういいわよ、連れてきてちょうだい。家族には連絡ついた?
救急隊:それが荒川区の方で、会社の同僚しか来てないんですよ。今、連絡取ってもらってます。
桃山先生:家族にできるだけ早く来てもらえるよう伝えてね。*8)じゃお待ちしてます。

*1)三連休の真ん中(たいてい日曜日)は普通の病院はもちろん、地元の開業医もやっていないため、ご近所のものすごくショボい風邪から、遠くで全然病院に引き取ってもらえなかった可哀想な救急車まで、山ほどの人間が救急病院に押し寄せる。
*2)どう見ても貴方のことだ。
*3)麻酔科は手術中の麻酔だけが仕事で、入院の受け持ち患者がいない病院が多い。休日のオペは緊急しかなく、それは当番制でオンコールが決まっている。よって土日完全オフとなることも可能であり、遠出には絶好の科。
*4)ここの病院の研修医は、当直を決める前に都合の悪い日を申告し、その日は避けて当直を組むシステムのようだ。だからといって土日や三連休に×ばっかりつけてると周囲に顰蹙を買う。ほどほどにしよう。
*5)縫合に使う麻酔は局所麻酔。1%キシロカインが多い。局部麻酔と言い間違えるとかなり恥ずかしいので気をつけよう。詳しいやり方が知りたい君はKokutai2004年6月号のねじ子先生の秀逸なイラストまたは「ねじ子Web」を見よう。
*6)作業を止めて、清潔手袋をはずしてくれということ。
*7)救急隊はJapan Coma Scaleを完璧に記憶していて、ナチュラルに使用される。
*8)家族=引き取り手のいない酔っ払いほど迷惑なものはない。異常があれば何らかの処置が今すぐ必要だが、本人は前後不明なため書類上の同意が取りにく い。異常がなければないで、それはただの「酔っ払い」であり、貴重なベッドを占領された上に下手をすれば翌日の朝までホテル代わりにされてしまう。

救急車到着

患者さんは首に頸椎カラーを*9)巻いて血塗れの頭でご登場。

赤城くん:うわっ、酒臭い!!! 患者さんもとい酔っ払い:おぅ。おれは、おれは、大丈夫だよ!!!!
桃山先生:赤城、モニターつけて。状況は?誰か見てたの?

救急隊:酔っぱらって堤防の上を歩いていて、同僚が見てる前で頭から落ちたそうです。他はどこも打っていないと。*10)下は石がゴロゴロしている河原でして。かなり出血してます。*11)
患者さん:あ~。うっせ~離せぃ。俺は~うぃっ、帰る!
桃山先生:…は~。酔っぱらいはこれだから嫌なのよねぇ…。今んとこバイタルは大丈夫ね。金山さ~ん、胸部骨盤のポータブル*12)呼んで~。赤城、念のため外傷のABC*13)やって。

赤城くん:え?何それ?ABC?あ、えぇーと、まずAirway。…声出てるから大丈夫か。*14)B、Breathing。聴診、聴診…。左右差はないような気がする…、自信ないけど。*15)あと、あと、えっと次は…。
桃山先生:大丈夫?じゃ次は循環。血圧は大丈夫だし、まぁ念のためFASTやって。*16)

赤城くん:えええぇぇぇ!ででできませんよう。
桃山先生:こうやるのよ!(腹部にエコーを当て出す桃山先生)…うん、大丈夫そうね。(お腹を押しながら)痛くないわね?赤城、お腹の音聞いといて*17)。あ、ポータブル*18)来たわ。はい伝票。レントゲン撮るよ~。みんな離れて~。(かしゃっ。)
赤城、ライン取って、ついでに採血。オペ前一式よろしく。*19)あと血ガスも。
黄河くん:オペになるかもしれないからラインは20以上で取ってくださいね。*20)
赤城くん:は、はいっ!先生、ナート*21)終わったんですか。
黄河くん:えぇ。レントゲン見て来ましたけど、胸と骨盤は問題なさそうですね。バイタルも良いし。FASTもやったんですね。じゃ、あとは頭と首ですか。*22)赤城、頭の傷見て。
赤城くん:10cmくらいざっくり切れて、骨まで見えてます。脳は…見えてないかな。…あぁまたナートか!ちょっと嬉しいな!*23)
桃山先生:…決めつけるのはまだ早すぎるわよ赤城。ゆっくりナートどころじゃないかも知れない。*24)
黄河くん:救急隊の方、なにか基礎疾患*25)は聞いてますか?
救急隊:いえ、特には。そもそもご家族遠くて、会社の人しか来てませんし。

黄河くん:まぁバーベキューするくらいだから、普通の生活していたんでしょうね…。
赤城君、瞳孔径も見て下さい。
赤城くん:あ、えーと、4/4,あり/ありですね。アニソコ*26)もありません。
患者さん:あにすんだよ、離せよぅっ!

黄河くん:…四肢もよく動きますね。*27)バイタルも良いし*28)、もうCT行きますか?
桃山先生:そうね。頭はオムツか何かで巻いてあげて。CTが血塗れになるわ。あと、頚椎カラー、うちの病院のやつに代えよう。今ついてるヤツは救急隊に帰してあげて。*29)

*9)首から上に外傷がある時は、首にも損傷があると考えて、頸椎カラー(図:こんなの→☆)をはめてから運ぶのが大原則。搬送の間に首の安定がズレて頸椎損傷がひどくなりました!ではシャレにならない。
*10)この情報がどこまで信じられるか、判断が非常に難しい。今回のケースはしっかりした目撃者がいたので良いが、目撃者がいなかった場合、本人も酔っ ぱらっているため何をどこまでぶつけているのか、さっぱりわからなくなる。結果「疑わしきは全身精査」となり、大丈夫だと診断がつくまで検査をやり続ける ことになる。
*11)頭の皮下組織はやたらと毛細血管が豊富で、怪我したときの出血量が多い。実際よりも見た目が派手。
*12)「頭だけ」の可能性がかなり高くても、一応、外傷の基準に乗っ取って診断を進めるオーベンの先生。胸部外傷および骨盤骨折の有無を確認するため、 胸部・骨盤のレントゲンは必ずはじめに撮る。放射線技師さんが来てくれるまでに多少時間がかかるので、オーダーはIDができたらすぐにやっておく。
*13)正確には外傷のABCDEs。普通のABCと少し違う。
A:Airway(気道)
B:Breathing(呼吸)
C:Circulation(循環)
D:Dysfunction of CNS(中枢神経障害)
E:Exposure & Environmental control(脱衣と体温管理)
重傷度の順になっているのがミソ。Aがダメな(例えば気道が閉塞している)時は、何らかの処置をする(異物除去、エアウェイ、気管内挿管など。)Aが完全 に大丈夫になるまでは、次のBに進んではいけない。これをA→B→C→D→Eの順に見落としなく進めてゆく…という、外傷の初期診療として非常に有名な概 念。詳しくは次回・交通外傷の巻で行う予定。
*14)声が出てる=気道がふさがってはいないということ。
*15)胸部外傷の有無はまず聴診から。全肺野で左右差がないことをきちんと確認しよう。本当はさらにこれに、皮下気腫や気道偏位の有無を確認し、胸部X線を見る。まぁこの人は大丈夫そうなので、比較的適当。
*16)Focused Assessment with Sonography for Traumaの略。ファストと読む。お腹の臓器が破裂してないか、胸・腹・心臓に致命的な大出血がないかをエコーで即座に確認する方法。これも詳しくは次回で。
*17)腸音がある=お腹がよく動いている=お腹にダメージがない確率が高い。良い傾向。
*18)レントゲンを出す大型機械をもって放射線技師さんがやってきてくれる。被爆しないように2m以上離れるか、物陰に隠れよう。ポータブルがどのくらい早く来てくれるかで、その病院の事務やコメディカルの「やる気」具合がうかがえる。
*19)緊急手術になりそうな場合は、手術に必要な採血をあらかじめすべてやっておく。具体的には血算・生化学・血型・感染症・凝固・血糖といった所。夜間休日は測れる項目が少ないので「検査できるすべての項目」になってしまうことも多い。
*20)手術中の大出血にそなえて、輸血も可能な太さの点滴を取る。赤血球が詰まりやすくなるので、輸血には20ゲージより太い針が推奨される。
*21)縫合のこと。
*22)頭の中で外傷時のABCを順に追っかけている黄河。優秀である。ABCは大丈夫だと解ったので、D=中枢神経障害=頭は大丈夫か?に目が行っている。
*23)頭部の怪我は、血行が良いため治りやすい。また傷口が髪の毛に隠れるため、どんなに下手糞がガタガタに縫っても、傷口が目立たないですむ。1年目研修医の練習台にはうってつけなのだ。
*24)酔っぱらいは、酔いが醒めたときの「真の意識レベル」がわからない。普通の人なら痛いところも、全く感じなくなっている。ただの酔っ払いだと思っ て朝までベッドで寝かせていたら、実は硬膜外血腫を見逃していたとか、くも膜下出血を併発していて気づいたときには死んでいたなど、身の毛もよだつ恐怖体 験も多い。なめてかかっていると痛い目に遭う。
*25)意識障害時は、常に「元のレベルがどれくらいだったか」が問題となる。また、今後オペになった場合、全身管理の上で基礎疾患の有無は非常に重要。
*26)瞳孔の大きさが左4mm・右4mm。対光反射、左も右もあり。瞳孔の左右差なし、ということ。アニソコとは瞳孔不同anisocoriaの日本人らしい略。
*27)教科書的にはもっときちんと神経学的所見をとった方がよいのだろうが、実際はとっととCT送りにした方が結論が早い。
*28)バイタルが安定していないのに救急外来から出してはいけない。CT室は急変のメッカである。そのくせ点滴や薬剤など緊急処置に必要なモノすら置い ていないことも多く、かなり焦る。CT台の上で呼吸停止→気管内挿管などという事態にならないよう、必要な処置は全ておこなってから行こう。
*29)バタバタしてそれどころでない時は救急隊も諦めて、次に患者さんを搬送に来たときに拾って帰る。よって救外には各地の救急隊のカラーがゴロゴロと転がっている。交換する時には絶対に首を動かさないようにしよう。

ガラガラとストレッチャーはCT室へ

(頭部CT画面をみんなで見ながら)
赤城くん:うわっ、白い。白いですよ!!*30)
黄河くん:エピドラ*31)ですね。対側も何か…。
桃山先生:対側、サブドラ*32)になってるじゃない。外傷性SAHは*33)… 今んとこ、なし。シフト*34)もしてないわね。こりゃきっとオペだわ、脳外科呼びましょ。今日のオンコール誰?*35)ちょっと見てくる。技師さん、骨 条件*36)も撮ってね。家族とは連絡ついたのかしら?…うーん、黄河!ちょっとあと細かいこと頼んだ!!誰か必ず患者さんには付いていてね!
黄河くん:はい…。先生、頸部CT*37)もとりますか?
桃山先生:あぁ、そうね、いちおう撮ろっか。
黄河くん:じゃ頭部3方向*38)と、頸部3方向*39)を撮ったら帰ります。

*30)印刷されてくるものを待っているのがもどかしいときは、必ず自分もCT室までついていって、撮影時にモニターに映し出される映像を確認する。CTにおいて、脳はグレーに写るのに対し、出血はヘモグロビンの沈着によりくっきりと白く写る。
*31)エピドラ=epidural hematomaの略=硬膜外血腫。10分前の外傷なので言うまでもなく急性。
*32)サブドラ=subdural hematomaの略=硬膜下血腫。こちらも急性。頭部外傷においては、ぶつけた対側にも衝撃が加わって何かが起きていること多し。
*33)くも膜下出血subarachnoid hemorrhagの略。ザーと読む。この場合は、外傷によりクモ膜下腔に血が出ている状態。外傷じゃないSAHは、脳動脈瘤破裂によるものが圧倒的に多い。
*34) 脳は2つの膜によって、4つのお部屋に別れている。大雑把に言うと、大脳鎌という膜で右脳と左脳を分け、小脳テントという膜で大脳と小脳を分けている。右 側で出血して頭蓋内圧が亢進すると、真ん中にあるはずの大脳鎌が押されて、左側に寄って映る。これをmidline shiftという。略して「シフト」。頭蓋内圧が高い状態であり、脳ヘルニアになって呼吸が止まる危険がある。あんまり嬉しくない。
*35)全科当直などという贅沢なことをやっていられるのは人員の多い大学病院くらいである。大抵の中規模病院にそんな余裕はなく、脳外科などは何かあった時に呼び出されるオンコール制。
*36)CTにおいて骨に合わせた吸収率の部分のみ、より細かく見える設定で印刷すること。普段は脳実質がもっともよく見える設定にされているため、頼まないと出てこない(気が利いた技師さんだと、勝手に取っておいてくれる。)骨折を見るとき便利。
*37)首の骨の骨折がありそうで、単純X線では頸部が綺麗に写らなそうな時は、頸部もCTを撮る。どうせ撮るのなら、ここでいっぺんに撮った方が効率がよい。
*38)頭蓋骨骨折の有無を見るため、頭部の単純も撮る。CTは「輪切り」方向なので、骨条件であっても、水平に走る骨折は見逃しやすい。よって頭部単純 レントゲンで確認する。正面・側面の2方向に、後頭部を打っているときはTowne(タウン)、頬骨を打っているときはWatersをプラスする。3方向 というと、普通は正面・側面・Towne。
*39)頸椎の骨折やズレ(頸椎脱臼)を確認するために、首のレントゲンは頭部外傷において必須。頸椎カラー(プラスチックなのでX線に写らない)を外さ ずに撮る。重傷度や病院ごとの流儀に応じて、正面・側面の2方向だけだったり、プラス開口位の3方向だったり、プラス右前斜位・左前斜位の5方向だったり する。開口位とは、口を開けて正面から口の中を撮るX線。こうしないと、顎の骨にかかってしまって正面からのC1・C2が見れない。

単純X線のお部屋にて

患者さん:なんだよ~オレは大丈夫だよ~!帰らせてくれ~!!(もぞもぞ暴れ出す患者さん)
赤城くん:さすがに今日は帰れないよ。頭の中、出血してるもの…。
黄河くん:ちょっと押さえましょうか。赤城君これ着て(放射線防護服を渡す)。あぁ次は頸部側面ですよ、手を引っ張って下さい。*40)
赤城くん:はーい。
黄河くん:(できあがった画像を見ながら)あ、やっぱりエピドラの所に骨折線ありますね。右側頭骨にピッと。首は、…問題なさそうですね。四肢は大丈夫ですか?よく見て下さい。*41)
赤城くん:…手足はキズもないです。よく動くし。

*40)頚部側面は、首のレントゲンの中でも最も情報が多い。しかし仰向けになった状態で普通に撮ると、肩の筋肉や骨が重なってしまい、C6・C7が見え なくなってしまう。これを防ぐために両手を引っ張って肩を落としたり、クロールのような体勢をとらせて軟部組織の分厚さを散らす。
<絵>
*41)四肢に打っていそうな所があったら、ついでにここで撮っていく。逆にここで見つけないと、ロングオペの間じゅう骨折してる場所が歪んだまま放置されたりして、あんまりよろしくない。

救急外来に帰ると…

現像されてきたCTの前で、早くも脳外科の先生と桃山先生が談義中

桃山先生:…やっぱオペですか?
呼び出された可哀想な脳外科:そうですね。他は大丈夫ですか?*42)
桃山先生:今のところ、胸部腹部とも問題ないです。…そういえば誰か採血の結果見た?(コンピュータを見る)出てる出てる。腎機能・肝機能とも問題なし、よっしゃー!!*43)黄河、首はどうだった?
黄河くん:…私の目には、問題ないように見えます。
桃山先生:よっしゃ!あたしも見る!…大丈夫ね!自覚症状なかったらカラー外して!
黄河くん:はい…。首を私が持ってますから、自分では動かさないでください。カラー外します、(うなじから骨に沿って首を押しながら)ここは痛くないですか?右へ動かします…次は左。痛くないですか?*44)
患者さん:んあ?痛くねぇよ!
黄河くん:自分でも動かせますね?痛くないですね?どこかしびれているところはないですか?*45)
患者さん:ねーよねーよ!何だよおまえ!!
黄河くん:…まったくどこまで信用できるんだか。はずしていいんですね?桃山先生。*46)
桃山先生:うん、いいよー。
看護師さん:ご家族はあと10分で着くそうでーす。

桃山先生:よし、あとは脳外科にまかせた!オペ出ししたら、とりあえずここは終了ね!

*42)実は腹部の外傷を見逃していて、長い脳外科の手術中に腹腔内出血で血圧低下!!…などということの無いよう、きちんと確認。
*42)肝機能や腎機能が正常値であることから、先程のエコーでは確認できないくらいの実質臓器の傷(肝破裂、腎破裂など)が無いことを確認している。肝破裂時は肝酵素(GOTやGPT)が上がり、腎破裂時は腎機能が悪くなる。
*43)まず誰かが首を支えて左右に動かし、痛みもしびれもないことを確認。次に自分で動かしてもらって大丈夫なことを確認。首の後ろを押して、頸椎の棘突起も折れてないことを確認。これらがすべて大丈夫で、かつレントゲン上も問題ない時、はじめて頸椎カラーをはずせる。
*44)変形や後縦靱帯硬化症などがあって、もともと脊髄管が狭いとき、ちょっとの衝撃で脊髄がダメージを受けてしまうことがある。中心性頸椎損傷とい い、歩いて来院する脊髄損傷なので要注意。骨折や脱臼などのあからさまな変形はないのでレントゲンやCTではわからず、直接脊髄を映すMRIを緊急でとら なくてはいけない。上肢の運動・知覚鈍磨が主な症状。
*45)黄河の頭に浮かんでいるのも中心性頸椎損傷。しびれも知覚麻痺もないと言っているが、酔っぱらっているためにどこまで信用して良いかわからない。 今ここで完全に否定するためには、MRIを撮るしかない。しかしMRIは夜間撮れない病院も多いし、撮れたとしても非常に手間がかかる。撮影時間も長い。 すぐにオペが必要な患者に、それだけの時間を割く必要があるだろうか…?すっきりと割り切ることができない、迷い所である。迷った時はオーベンの許可を取 ること。それが研修医の大原則だ。よって黄河は桃山先生に改めてお伺いを立てている。最終決断と最終責任は、その場のリーダーにあるのだから。

しかしまた救急車からの電話が鳴る

ぷるるる…
救急隊:先生たびたびすいません、多馬川の河原でよっぱらって足滑らせて、1分くらい溺れて水に沈んでた患者さんなんですが…
桃山先生:…三連休だからってみんな浮かれおって!!酒飲んでバーベキューなんかやるからよ!!自業自得よ!!キー!
赤城くん:先生、落ち着いて下さい…。お気持ちは痛いほど分かりますから…。

第1回 熱中症

地方中堅病院に勤める人々の真夜中の風景をつづる「医局23時19分」、第1回のテーマは、来る夏にふさわしく「熱中症」です。今回は時間外救急外来にて当直中の1年目研修医赤城くん、2年目研修医青葉くん、そして指導医の緑川先生の会話をそーっと覗いてみましょう。
赤城くん:あー、たるいっすね~。こんな時間になってもまだ暑いっすよ~。あんま患者さん来なくて今日はラッキーでしたね。明日ロングだから*1)、今日はなるべく寝たいっす俺。
青葉くん:夏は患者さん少ないんだよ*2)。今のうちにゆっくり鑑別診断しとくといいぞ。冬は患者さんあまりに多くて、考える暇もなくなってくるからな。
赤城くん:へいへい。
緑川先生:救急車来るぞ。80歳のおばあちゃんで、昼間農作業したあと気分悪くてずっとぐったりしてるそうだ。
赤城くん:はぁ。ぐったりねぇ。
青葉くん:頭になんかあったのかな?*3)実はもともとだったりして。
緑川先生:まぁこの暑さだしな、脱水や熱中症かもしれん。あとは基礎疾患があるかどうか…*4)

*1)ロングオペ。6時間くらいかかることが予想される手術のこと。実際は手術中の思わぬ出来事等によりもっと長くなる。腹部大動脈瘤置換術、頭頸部の腫 瘍摘出+再建術、多くの胸部外科の手術などがこれにあげられる。研修医は大抵何もせず、でも、清潔になって突っ立ったまま見学していなければならない。当 直明けは立ったまま眠る研修医が続出する。
*2)夏は患者数が全体に少ない。冬はインフルエンザ等の影響により、極端に増える。(科によってバラつきあり)
*3)要するに脳に何かあった=大抵、出血(脳出血・くも膜下出血・硬膜外血腫など)か、梗塞のどちらかではないかってこと。CT送りにすれば大抵の鑑別がつく。
*4)意識障害の鑑別は山ほどある。実は認知症等があり、元々このくらいのレベルで、何が緊急疾患なのかよくわからないことも多い(家族に普段のレベルを 聞いて比較するしかない。)*3)で青葉くんが言っているような中枢神経障害は誰でもすぐに思いつくが、ぬけがちなのが内分泌疾患。糖尿病持ちなら低血糖 や糖尿病性ケトアシドーシス、肝硬変なら肝性脳症など、基礎疾患から推理しなきゃいけないものも多い。

救急車来ました

救急隊員:日中農作業を少しやって、その後家でゆっくりしていたそうですが…。気が付いたらぼーっとしていたとのことです。
緑川先生:おばあちゃん、わかる?お名前は!?(患者さんを叩きながら)うおっ、こりゃ熱いな。 おばあちゃん:あ~。う~。(嫌がりながら)
青葉くん:あんまりレベルよくないですね…*5)バイタルはどうかなっと。モニターをつけて。
緑川先生:とりあえず体温を測ってくれ。血圧85、脈120か…。こりゃちょっとショックになっとるな。*6) 看護士の荻野さん:41.2℃です。
青葉くん:こりゃ熱中症かな。
緑川先生:誰かライン取って!なるべく太いので!*7)あと血ガスと採血を!
青葉くん:は~い。僕血ガス取ります。お前、ラインな。なるべく20ゲージ以上*7)で取れよ。おばあちゃんちょっとごめんね~太股の付け根から採血するよ~痛いよ~ちくっ。
赤城くん:あ、はいっ!!
緑川先生:とりあえず冷やすぞ。
赤城くん城はライン取って、全開で冷えた*8)ラクテック*9)でも落としてくれ。 あと荻野さん、タライに水と氷いれて、ガーゼ沢山浸しておいて。あと氷嚢と、扇風機持ってきて。
赤城くん:せんぷうきぃぃぃぃぃぃ!?
青葉くん:おや、熱射病初めて?
赤城くん:はい…
緑川先生:あらゆる手を使ってよーく冷やすんだ。それが重要。

*5)このときのレベルはJCS(JapanComaScale)でI-3、GCS(GrasgowComaScale)でE4V2M5くらいか。
*6)ショックとは血液として循環している血漿量が極端に少なくなって、臓器や全身を維持していくのが難しくなっている状態のこと。何らかの理由で、血液 が体の中を流れにくくなっていると思うと簡単。臨床的には、意識レベルが悪い、血圧下がりまくり(収縮期80mmHg以下)、心拍数の増加(100/分以 上)、尿量の低下(20ml/時間)などで判断する。「ガーン!!」という一般的に使われる「ショック」とは基本的に全然違うので気をつけよう。
*7)大量輸液が必要なので、なるべく太い針で点滴を取れってこと。その方が落ちるのが早いから。だいたい18~22ゲージが大人においては使われる。数字が小さい方が太い。
*8)この時のために、冷蔵庫でキンキンに冷えた輸液ボトルをいっぱいストックしておく。逆に外傷や低体温の時などは、体温が下がらないように人肌程度に暖めた輸液ボトルを使う。
*9臨床においてほとんどの説明は商品名で行われる。病院によって入っている商品が違うのでその都度覚えなくてはならない。研修医や学生はまず、自分の所 で使われているメジャーどころを押さえるべし。ちなみにラクテックとは生理学でも出てくる乳酸リンゲルの、一番メジャーな商品の名前。

そして患者さんはこんな状態になった…。

<絵>
赤城くん:すげぇ…
緑川先生:お前ら胃洗浄*10)できるか?よく冷えた水道水でいいから、胃洗浄して体を中から冷やすんだ。これはかなり効くぞ。
赤城くん・
青葉くん:は~い。(二人で胃洗浄開始)
緑川先生:あとはおしっこが出るかどうかだな。お~い誰かバルーン入れてくれ。 荻野さん:あっ、あたしやりましょう。
緑川先生:やはり尿はあんまり出ないな…。あ、尿検査出しておいて*11)。血ガスの結果出たか?*12)よし、血糖・Na・Kは大丈夫だな。pHも酸素化もとりあえずOKそうだな。この年でHb15とはかなりの脱水だな。*13)ラクテートは10か…。
青葉くん:あんまり循環動態、良くなさそうですね。*14)
緑川先生:ま、そりゃそうだな。まずは冷やしながら脱水を補正するしかないのさ。MOF*15)になってなければいいんだが…。 看護士さん:ラクテック終わります!どうしましょう!?
赤城くん:え、どどどうしよう。*16)
青葉くん:同じのもう一本全開で行って。
赤城くん:(先輩すげぇ…)
緑川先生:もう一回体温測ろう。どうだ?
赤城くん:あ、39.5℃に下がりました。採血も出ましたよ。
緑川先生:む、よこせ!どれどれ…。BUN高い、Creは0.7か。脱水。*17)肝酵素は大丈夫。*18)ま、いいだろう。多臓器不全は免れたようだしな。血小板と、PTも…問題なし*19)。よし!おいICU用意しておけ!

*10)胃洗浄についてはKokutai10月号のねじ子大先生の美しいイラスト参照。
*11)ここでオーベン大先生はミオグロビン尿のことを考えている。研修医君たちは気が付いていない。
*12)血ガスは早く出る。1分もかからないので、緊急の時はとても便利。機械によっては電解質やアニオンギャップ、果てはヘモグロビンや乳酸なども調べ てくれる。この病院に入っている血ガスは高性能のようだ。ちなみに緑川先生はここで糖尿病性疾患や電解質疾患を排除している。
*13)女性しかも高齢であれば、Hbは平均よりやや低めくらいが正常値である。それなのに基準値範囲内に入っているということは、血管内の水分が足りないということ。
*14)ラクテートつまり乳酸が高い=解糖系の代謝回路が働いている=末梢で酸素が足りてない=あんまり循環が良くないってこと。酸素が不足すると、嫌気的解糖が増えてゆくってのは生化学でやったね。
*15)MOF=多臓器不全のこと。multiple organ failureの略。つまりいろんな臓器が軒並み駄目になっていっている状態。腎不全と肝不全がいっぺんに起こっちゃったとき等に使われやすい。モフと読む地方とエムオーエフと読む地方がある。
*16)研修医はいきなり決めなくちゃいけないことが降ってくると、とてつもなく弱い。
*17)一般に、BUNとCre両方高いと、腎不全。BUNがやたら高いくせにCreそんなに高くないときは、脱水やら消化管出血を考える。この場合は脱水。
*18)多臓器不全になっていなくて一安心。逆に来た時点で多臓器不全だと、お年寄りの場合救命すら難しい事が多い。
*19)DICにもなっていなくて一安心。ホントはDICの診断にはFDPやフィブリノゲンの値も必要なのだが、夜間にはこれらは測れない(下手すると採血もできないような)救急病院も多い。この病院でも測定できないようだ。

入院準備にバタバタする周囲

赤城くん:…確かに日中は暑かったけど、なんでこんな時間に運ばれて来るんだろう?
緑川先生:家族の発見が遅かったのかもしれんが。…でも、夜間や自宅内でも熱中症は起こるぞ。クーラーの付いている家ばかりとも限らないしな。日射病ばかりではないんだぞ?
赤城くん:うっ、そもそもそこらへん僕国試でも苦手で、よくわかってなかったんです…。
青葉くん:後でイヤーノートでも見ておきな。*20)
緑川先生:さて入院するにあたり、これから注意することは何だ?
赤城くん:えっと…えっと…*21)
緑川先生:まずは尿が出るかどうか。それが最大のポイントだ。熱中症の時は高度の脱水で MOFやDICになりやすい。お年寄りでそうなったら終わりだ。とにかく細胞外液を入れる*22)。おしっこが出るのを確認するまではカリウムフリーが好 ましいが、ま、どちらでも良い*23)。大量に落とす。時間尿量のチェックはかかさずやる。尿が出てなければ輸液をさらに増やす。熱中症は腎不全になるこ とも多いからな。尿出なくてKが上がったら透析も回さなきゃいかん*24)。あと、腎不全といえば…この後、起こりうる有名なことは何だ!?
赤城くん:えっと、えっと…(なにそれ)
青葉くん:(俺もわからない、黙ってよ~っと)
緑川先生:横紋筋融解だ。*25)ミオグロビン尿くらいは知ってるだろ?尿検査は明日の 朝必ずオーダーして、尿の色は自分でも見ろ。わかったな。あと、朝の血算、生化、今日出せなかった凝固、血ガスは必ず出しておくこと。横紋筋融解なら、 CPKと、Kくらいは当然見ておけよ、わかってるな?
赤城くん:(後で、イヤーノート見ようっと…。)
青葉くん:(後で、今日の治療指針見ようっと…。)*26)

球外戦隊ネラレンジャーに朝は来るのであろうか!?以下次週!!(嘘)

*20)困ったときのイヤーノート。訳して年帳。医者になっても、ド忘れたときや珍しい疾患が来たときに辞書的に使う。後輩にあげずに取っておこう。
*21)時々振ってくるオーベンからの高度なパス。その難易度は中田なみ。たいてい答えられず、穴があったら入りたい気持ちになる。
*22) 本当なら国試的には、熱中症の治療は「血漿浸透圧330mOsm/l以上なら1/2生理食塩水、未満なら生理食塩水。中心静脈圧で管理」だが、そもそも浸 透圧なんぞを計算している間に患者さん死んじゃうのが救急外来。しかもクソ忙しいので現場で計算はあまりしない(余裕があればもちろんした方が良いに決 まっているが)。中心静脈圧も、中心静脈取んなきゃ測定できないわけで、すぐやるには侵襲が大きすぎる。それよりは末梢静脈でもいいから、素早くたくさん 入れるほうが先決。ここでは最も血漿成分に近く、点滴したとき最も血液に残りやすい細胞外液を選択している。もちろん生理食塩水でも良い。
*23)実際はラクテック等に含まれているKはごく微量であり、あまり関係ないといわれており、細胞外液(多くは乳酸化リンゲル)を使ってしまうことが多 い。当然のように、本来なら「尿が出るまでKフリー」が絶対だが、一般病院の現実はそんなもん。国家試験の時は絶対真似しないようにね(はぁと)
*24)急にKが上がると、不整脈が起きてあっと言う間に死んでしまうので様々な手段を使ってKを下げる。カルシウム剤(商品名カルチコール)静脈注射、 グルコースインシュリン療法、メイロンでアルカリ化してアシドーシス補正、イオン交換樹脂(商品名ケイキサレート)注腸などだが、それでも下がらなければ 最終的には血液透析で無理矢理取り除くしかない。
*25)横紋筋融解:体中の筋肉が突然解けだす病気。様々な原因による。長時間の昏睡、熱射病、マラソン、crush症候群など。何にしろ、筋肉から溶け 出たミオグロビンが腎臓のフィルターを詰まらせて急性腎不全を起こすのが一番困る。ミオグロビンの混じったレンガ色のおしっこが出るのが特徴。筋肉から溶 け出るCPKやK(カリウム)の採血データで病勢を判断する。
*26)「今日の診断指針」「今日の治療指針」は、迷ったときにとっても使える辞書的存在。親しみを込めて「大人のイヤーノート」と呼ばれる。

ねじ子のヒミツ手技1stLesson

ねじ子のヒミツ手技1stLesson
『ねじ子のヒミツ手技』がついに書籍になりました!!!

同人誌『平成医療手技図譜』が商業誌で!!!出ます!やったあ!その名も
『ねじ子のヒミツ手技』です。

『平成医療手技図譜 針モノ編』『管モノ編』をベースに、ナースさん向けのコラムを加筆して書籍化しました。
2009年6月29日に発売されました!わーい、立て続けに子供が産まれるよう。嬉しい限りです。