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2018年ハロプロ楽曲ランキング 私がどんなに傷ついてもハロプロは進む

ハロー!プロジェクトは「ハロメン」と「事務所」と「ハロヲタ」の三位一体によって作られている。突然だが私はずっとそう考えている。ちなみにつんく♂とまことはこの場合「ハロメン」にあたる。

「ハロメン」はたくさんいる。新しい子も次々入ってくる。でも、残念ながら、2018年は私が好きなハロメンが次々卒業を決めた。そういう時期なのだろう。

「事務所」についてはもうあえて何も言うまい。いろいろ事情もあるのだろうし頑張っているとは思うが、少なくとも今年は現状維持目的の活動が目立って新しいアイディアに乏しかった。つまり今年のハロプロは「ハロメン」と「事務所」に新要素が少なく、私はあまり楽しめなかった。

「ハロメン」と「事務所」が低調なとき、見ていて一番面白いのは3番目の要素「ハロヲタ」である。つまり客席が一番面白い。完全に本末転倒だけれど、「ステージよりも客席が面白い」という状況はハロプロにおいてしばしば発生する。

伝説の名曲『ロマンチック浮かれモード』など新しいヲタ芸を次々と生み出した時期もそうだった。そもそもヲタ芸は黄金期を終えたモーニング娘。の人気が急落し、大きい会場にもかかわらず後方席がガラガラでどうしようもないコンサートにおいて自然発生した鑑賞方法である。ステージが豆粒にしか見えない後方席が来ちゃった、どうしよう、周囲はガラガラで盛り上がりに欠け正直つまんない……という状況において、それでもコンサートを楽しむために作り出された応援方法なのだ。どうせステージは見えないから前方を見ない動きがたくさん入る(完全に横や後ろを向いたり、ぐるぐる回ったり)。周りに客がいないから振りが極端に大きい。手足も大きく動かす。ヲタ芸とはもともと、ステージが見えず音しか聞こえないガラガラの環境で楽しむためのいわば「ヤケクソの祭り」なのだ。

だからモーニング娘。の人気が落ち着いて、来客数に見合った広さの会場でコンサートをするようになった(つまり狭い箱でライブをするようになった)ハロプロからヲタ芸は消えていった。そりゃそうだ、ステージが見えるならステージを見るに決まっている。あんなに動かれると隣の客に迷惑だし。ヲタ芸はハロプロから飛び出してアイドル声優や地下アイドル界隈へと流れていき、Youtubeやニコニコ動画に受け継がれ文化として花開いた。

青空期~プラチナ期の2003~2007年頃にハロプロの現場で成熟したオタク文化もそうであった。「推し」という概念や「推しメン」という言葉・誰でも大好き(DD)・箱推し・現場推し・サイリウム祭り・生誕祭・現場でのコール・振りコピ・踊ってみた・リリースイベント・握手会・チェキ2ショット撮影・そのためのCD大量購入・はがし・手のひら確認・カラーTシャツ・人気投票・年間楽曲大賞・匿名掲示板での活発な議論など、当時のハロプロの現場で成熟した文化は、その濃いファンたちが他の地下アイドルやAKBに流れていったことにより、まるでAKBグループにおいて生まれた文化であるかのように喧伝され世間で消費された。

それでも私たちハロヲタはどんな時期でも、自分たちがおたく文化の作り手の一部を担ってると過度に自負していた。握手会でアイドルを襲撃するAKBオタクが発生した年に、モーニング娘。のコンサートではなぜかアンコール中の誰もいない舞台に上がってピアニカを披露するオタクが爆誕した。アイドルが誰もいないステージに登って、ハロヲタの皆さんに自分の演奏を披露したい。これは確かに私たちハロヲタの一つの夢である。大きなコンサート会場では、終演後いつも場外で自作の紙芝居を披露しているオタクさんがいる。私もつい足を止めてしまう。「結局道重」というTシャツを着てブレイクしているロックバンドもいる。どれもこれもハロヲタらしいエピソードだ。ハロヲタの応援方法はいつも独自で特殊で、私はそれを見るのがとても好きだ。そして2018年、ハロヲタはTwitterでの宣伝力と現場の即興コールでDA PUMP再ブレイクのきっかけを作った。

たとえハロプロに面白みを感じられないときであっても、ハロヲタはいつだって優しくあたたかく変わらぬ姿でコンサート会場にあり続けている。中の一人一人は入れ替わっているはずなのに、なぜか寸分も変わらずそこにある。みんなを見てると心が躍る。重低音の聴いた地響きのようなコールを聴くと、私も元気が出る。私はいつもファミリー席で一人静かにペンライトを握っているただの暗い女オタクだけど、みんなのことを勝手に20年来の友人だと思っている。たとえ去年モーニング娘。が好きになったばかりの人でも、10代でも、ハロヲタであれば全員わたしの20年来の親友だ。私はずっとみんなに励まされている。

素知らぬ顔をしていたけど、ルパンレンジャーのGロッソにもきちんとハロヲタは来ていた。工藤に迷惑をかけないように、「ハロヲタのマナーが悪い」って言われないように、まるで大人の特撮オタクや母親や父親であるかのような顔をして、きちんと現場に来ていた。工藤の顔が映っているグッズを東京宝島で買い漁っている仲間をたくさん見た。私には同族がわかるのだ、だって私もそうだから。私達は名前も知らず顔も知らず、ただ現場やSNS空間で時折すれ違うだけの間柄だけど、魂の底でつながっている。

2018年の私はハロヲタとして散々であった。過去に10年間推していた吉澤ひとみちゃんが逮捕された。ハロプロの未来を今後10年間支えると確信していた梁川奈々美ちゃんが引退を決めた。大好きだった『HUNTER×HUNTER』には自分があまり得意ではないアイドルのネタばかり散見されるようになり、とても読みにくくなってしまった。

私のおたく心は負傷し、回復にしばらく時間がかかる。それでも他のハロヲタが、他のメンバーを推しているみんなが、ハロプロを支えてくれている。私がプラチナ期のモーニング娘。とベリキューを支えている間になんとか鞘師が来て、9期10期も入って、たくさんのドルヲタがハロプロに戻ってきたように、私も次の素敵な女の子がハロプロに入ってくるまで過去の名曲でも聴きながらゆっくり傷を癒やそうと思う。

1位  もう 我慢できないわ ~Love ice cream~ / モーニング娘。’17 (尾形春水、羽賀朱音、加賀楓、横山玲奈)

つんく♂の中にいる14歳少女に逢うために私はハロプロの曲を聴いている、そう改めて実感させてくれる一曲。つんく♀ちゃんかわいいいい!!会いたかったよ!!ずっとずっと君に会いたかった!!!

冷静に戻って分析すると、私はつんく♂の「性に目覚める前の女子」と「性に目覚め始めたばかりの女子」と「好きな人とセックスをする決意をした女子」の歌が好きなのである。その方向で一番大好きなのは『夢見る15歳』。次に好きなのは『愛しく苦しいこの夜に』。残念な方向で大好きなのは『大人の途中』。この観点において『もう 我慢できないわ ~Love ice cream~』は一粒で二度楽しめる貴重な良曲だ。

シンプルに歌詞を読めば、アイスクリームに偏狂する変わった女子のお話である。ただの食欲旺盛な女子だ。でも、性行為やオーガズムを知ったあとの女にとって、この歌の「アイスクリーム」は彼氏やセックスの暗喩になる。ふと気がつくと頭の中アイツのことでいっぱいになるんでしょ。暑い日は当然、寒い日も震えながらほしいんでしょ。寝る前も求めちゃうし寝起きからのガツンでしょ。普段は忘れているのにふとした瞬間に思い出したら、他のすべてが手につかないんでしょ。えっちだなぁ。直接的すぎてこちらが照れるほどだ。無邪気な少女時代には、この曲のタイトルはただのアイスクリーム・ラブなんだけど、恋を知ったあとはアイ・スクリーム・ラブになる。愛を叫んでいるんだよね。完璧なダブル・ミーニングだ。つんく♀ちゃんすげぇよ!

モーニング娘。に加入したばかりのまだ擦れていない新人女子を選んでこの曲を歌わせている点も素晴らしい。彼女らは前者の感覚、つまり「ただの食品の歌」と思ってこの曲を歌う。後者の意味に気が付く年齢の女子には決してこの曲をあてがわない。これがまた、たまらなく味わい深い。終盤の「初めからないならば諦めもつくけれど、知ったからはもうやめられない!」という歌詞には、歌い手がもう一つの意味を「知った」あとに、振り返って赤面することができる二重構造が仕込まれている。「そういうことだったのか!騙されたよ!何を考えているんだつんく♂さん!いや、確かに、知ったからにはもう元には戻れないな……」と思う瞬間が、彼女たちの人生にも必ず来る。素晴らしい。はーちんとあかねちんとカエディとよこやんは、この暗喩にいつ気付くのかな?もちろん気付かなくてもいいし、実は最初から気付いていてもいいよ。

はーちんがいる間にこの曲を生で聞くことができなかったことが私の2018年オタク活動最大の心残りである。この曲を聴くために私は武道館のはーちん卒業公演に行ったのに、セットリストに入ってなかった。はーちんの名台詞「この感動を共有したい」が聴ける『Oh my wish!』もなかった。なんでだよ!卒業コンサートだというのに、はーちんを活躍させるつもりがないでしょ!?嫌になっちゃうよ!そんなセットリスト組むようだから、はーちんという逸材に逃げられるんだよ!はーちんは最も道重さゆみに近い存在だったのに!(5位につづく)

2位  眼鏡の男の子 / BEYOOOOONDS

最高。こんなにトンチキな曲なのに、終始笑いをこらえながら見ていたのに、最後まで見たら突如、自らの青春の記憶ともう二度と戻ることのできない失われた時間がよみがえってきて私は泣いていた。不覚。星部ショウさんの現時点での最高傑作だと思う。聞くところによると、この曲は星部さんが一番最初に事務所に持ち込んだ作品らしい。マジかよ。これが星部さんの本当にやりたい事なんだよな…。すげえな。一番の自信作がこれってことでしょ。めずらしい感性の持ち主だ。間奏のバックに流れてるつぶやき「megane…niau… megane…suteki…」も好き。いい意味で頭がおかしい。一体何を考えてるんだ。

無駄に高い技術力(彼女らはおそらく生歌をテレビで披露するのも人生初のはず)、演劇仕立てのダンスと歌詞と奇妙な衣装(麻雀牌柄の洋服なんて初めて見たよ)、小芝居の始まりと終わり風のイントロとアウトロ、そのくせ丁寧に描かれる思春期の都会の少女達の日常風景描写。これらすべてが見事に融合して、笑えるけど泣ける群像劇ができあがっている。

BEYOOOOOOOOOOOOOOOONDSの「小劇団をテーマにしたアイドル」というコンセプトを最初に聞いた時は「もー、事務所ってばまた変なことを言いだしたよ!いつまで変化球を投げるつもりなの?ハロプロでは普通に歌って踊える可愛いアイドルグループを絶対に作りたくないの!?」と大いに失望したのだけれど、この曲を聴いて評価が180°変わった。こんな曲があってこの曲でデビューするなら、小劇団アイドルは大正解だ。必要以上に芸達者な子役である桃々姫(女弁士役)と、地方アイドル上がりのくるみとみぃみと、電車好きのハロプロ研修生と、どこからか突然現れたお嬢様高校生・島倉りかと、圧倒的センターオーラのゆはねちんを同時に使うには、むしろこのくらいどぎついパッケージじゃないとダメだったんだろう。

ところがこの曲の続編である『文化祭実行委員長の恋』になると、私はとたんに恥ずかしい。共感性羞恥を発動して聴いていられなくなってしまう。なぜだ?「文化祭実行委員長が地味な男子に無理やり女装させる」「そこで彼のかっこよさに気付く」「彼女になる」という展開が、まるで現実味がない絵空事に見えるからか?もともと可愛い女の子の前田こころちゃんを男子役にした上で女装させるというねじれた行為に残酷さを感じてしまうからか?(普通に直球で可愛い女の子をやらせてあげなくていいの?)それともサビのパンチライン「彼は美人な男の子」が、古くより耽美小説やBL漫画で常用されている「使い古された文言」だからか?とにかく恥ずかしい。見ていられない。この違いは一体何なんだろうね。

3位  今夜だけ浮かれたかった / つばきファクトリー

小玉雨子さん珠玉の作詞。先ほどは「つんく♀が作る、好きな人とセックスする決意をした女子の歌が好き」と書いたけど、この曲はまさに好きな人とセックスをする決意をした女子の歌である。「ねえ わたし ほんとうを言うとこのまま帰るの いや、いや」「今夜だけ浮かれたかった 真面目心がじゃまをした」「口を滑らすはずだった」「誰にでも話せるような 思い出作りはしたくない」あたり、勇気を出して誘いたいけど誘いきれない思春期の少女の迷える心情がきれいに描写されている。雨子最高。歌詞から夏の夜風と火薬の匂いがするよ!

この曲の真骨頂はCメロの「浴衣を着なかった理由 まぶたをさす髪の毛 どしたら輝けるの 泣きたいわ」である。メンバー全員が浴衣を着たMVにもかかわらず、この曲の主人公は浴衣を着てないんだよ!最後まで聴くとそれが判明するんだよ!「浴衣を着なかった理由」それはもちろん、途中で脱ぐつもりだったんだよ!意中の相手とどこかの屋内で、裸になるつもりだったんだよ!自分で着られる服にしたんだよ!

でも、できなかったんだよね。少しの勇気を出すことができず、浮かれることもできず、彼女は玉砕する。グループで花火を見に行って精一杯頑張ったのに、決定的な一言を言えなかったんだよね。駅のロータリーで解散するんだよね。「なんでもないよ さようなら」と言って電車に乗るんだよね。帰り道、星空を見ながら「今夜だけわがまま言えば 星空を見なくてすんだ」と回想してるんだよね。うわー!最高の描写!甘酸っぱい!ほんの少し勇気を出して誘い文句を言うはずだったのに、言えなかったんだよね~!わかる!わかるよ!私も小野田さおりんに片思いされる少年になりたい!または、そんなさおりんの横顔を心配そうに見つめる女友達になりたいよ!

4位  素直に甘えて / Juice=Juice

Juice=Juice 2ndアルバムの一曲。朋子の声とボサノヴァサウンドが最高にマッチしている。かなともの歌声が好きだからこの曲が好き。自分でも属人的な選曲だと思う。この曲はかなとものための曲だよね。アルバム曲と言うこともあって、Juice=Juice不動のセンターである佳林ちゃんの出番は少ないけど、この曲の大人の女性の誘惑描写は佳林ちゃんには合わないので、これでいいと思う。

段原瑠々の「今時なフリだけは一丁前」、かなともの間奏あけの「男のくせにおしゃべりが過ぎるわ 愛してみたいのなら本音を晒して」(※とても好きなパートだけど、あまりにジェンダーバイアスの強い歌詞でどうかと思う)、稲場まなかんの終始クネクネした動き、すべてが大人。幼い少年を誘惑する大人の女性を演出している。そして最後の最後に、最年少の梁川奈々美ちゃんによる「覚えて~cherry~♪」。ここで我々ハロヲタは盛大にずっこける。まさにハロプロ。このミスマッチこそハロプロの真骨頂である。やなみんはきっとcherryの意味を「さくらんぼ」しか知らないはずだ。それがいい。「さくらんぼだと思ってるなー」って歌い方しかできないやなみんが、cherryの意味を完全に把握した大人の女性になったのちに、またこの曲を歌う。歌い方もきっと変わる。その時が来るまで10年間、この曲とやなみんの成長を見守るのがハロプロの醍醐味だ。それなのに!やなみんは卒業してしまう。いやだ!そんなのいやだよ!

やなみんがいなくなってしまうことを私はまだ信じ切れていない。卒業するコンサートの箱がとても小さいことも悲しい。絶対に入れないじゃん、誰だよ会場決めたやつ。もっと大きいところでやれよ。武道館でやれよ。ひなフェスでやれよ。できたはずだよ。

他の人のことは知らない。少なくとも「私にとって」2016年に行われた新体制は失策であった。私が好きだったグループはどんどん形を変え、好きだったメンバーはどんどんアイドルに見切りをつけて辞めていく。それでもこの計画を主導した人たちは決して責任をとらない。決して失敗とは認めないし、計画の変更もしないし、損切りもしない。損切りをさせられているのは人生をかけている若い女子たちである。カントリーがあんなことになっていなければ、やなみんはまだ辞めなくてすんだはずだ。

そもそも現在のハロプロは誰が責任者なのかさっぱりわからない。作品をプロデュースするにあたり顔も名前も出さないでいいんだから、責任なんて取れるわけがないし取る必要もない。そりゃそうだ。でも、それって、芸術作品と言えるのかな?作品を作るという行為は、その作品が生み出す良い影響も悪い影響もすべて自分の名の下に責任を取る覚悟があるからこそ、許されるのだ。コミケや同人誌やpixivでさえ、奥付に作者名のない作品など許されない。

首謀者の顔も名前もわからないまま、ハロプロはきっと今後も続いていく。どんな失策をしても何のダメージもなく、のうのうと同じ場所に同じ首謀者たちが座り続けるのだろう。それは何より私の心を萎えさせる。つんく♂の「責任者がないならば組織である意味がない」という歌詞はシンプルに今のハロプロを指していると私は思う。SNSでは日大ラグビー部のタックル問題を予言しているといわれていたけど。

4位   自由な国だから / モーニング娘。’18

決して好きなメロディではない。制服の衣装も好きじゃない。でも、私のための歌詞だから。「この曲は私のためにある!この歌詞は私のために書かれた!」と感じる瞬間が今まで何度もあった。2018年ハロプロ歌詞だけランキングでは堂々1位である。

この曲はとにかくサビだ。「自由な国だから 私が選ぶよ」このワンフレーズだけが私の脳内で何度も反復される。特に去年の夏はそれが顕著で、医学部受験の女性差別のニュースを見るたびに、そのニュースを受けて自分の身を守るためのポジショントークしかできない現役医師たちを見るたびに、外野から物知り顔で意見を述べているつもりで実はただ自分の中の差別意識を露呈している状態の人を見るたびに、この曲のサビが何度も脳内で再生された。

つんく♂さんは「自由な国だから 私が選ぶよ」って言ってくれるけど、この国は自由な国じゃなかった。私たちは、ちっとも選んでなんかいなかった。私が自分で選んでいるかのように、とりつくろわれているだけだった。

私は医者になることを自分で選んだ。そのつもりだった。でも、そうじゃなかった。自分で選んでいる「つもりに」させられているだけだった。私たちはだまされていた。男も女も現役生も多浪生も、医学部受験生はみんなだまされていた。公開されていない条件で競わされていたんだから、受験生はみんなだまされていたのだ。

「自由な国だから」を聴くたびに、私は強い悲しみにとらわれているだろう当事者の女子を思って泣いてしまう。今も「自由な国だから」を聴くと涙腺が緩む。「つんくさんはそう言ってくれるけど、日本はちっとも自由な国じゃなかった!選ばせてもらえなかった女の子たちがたくさん、たくさんいるんだ!私の後輩になって、私の仕事を楽にしてくれるはずだった女の子たちだよ!」と叫んでしまう。

自分で選んだわけでもない「性別」のみによって明確に差別されたこと。いくら努力をしてもすべてを無にされること。そのくらいの圧倒的な差別を受けること。その差別を平然と、悪びれもなく、正当化する人たちがかなりの数でいること。そんな人たちが複数の大学の医学部の上層部に居座っていること。すべてが苦しくて、すべてが悲しい。

「あの時のセリフとニュアンス全然違うね 恥ずかしくないのが不思議だよ」という歌詞も、差別発覚後の医大側の対応に寄り添う歌詞だった。順天堂大学が出してきた、面接での男女差別を「(男子と比べ)女子のコミュニケーション能力が高いから」としたいいわけ、それを保証する根拠として米国の論文を出してきたのを見たとき、私は笑ってしまった。まさに「恥ずかしくないのが不思議だよ」。それ以外の感想を持てない。そんないいわけして恥ずかしくないのが本当に不思議だよ。

(もちろん論文の作者であるアメリカの学者・米国のテキサス大のローレンス・コーン教授は反論している。自分の論文を差別の根拠に使われてはたまったもんじゃない。当たり前だ。そんなことをされたら学者生命の危機だ。優生学の発展に寄与したナチス・ドイツの学者と同じ道を歩みたい学者など、どこにもいないのだ。)

私の後輩女医になるはずだった賢い女子学生達を苦しめることは絶対に許さない。少なくとも社会学的には「2018年当時の日本には明確な女性差別があった」例として、この事件は永久に教科書に載ることが決定している。その点では東京医科大学と順天堂大学と北里大学と聖マリアンナ医科大学(反論中)は歴史に名を残した。決して医学的業績ではないけれど。

ニュースを見るたびに私は怒りでどうにかなりそうだった。あまりに心が傷付き、目に入る何もかもを暴力的な言論でねじ伏せてやろうか、という衝動が沸くほどであった。私たちが「1928年のイギリスでは女性一人で図書館に入ろうとすると断られた」というヴァージニア・ウルフの文言を見て「うわー、当時のヨーロッパは野蛮な差別社会だったんだね……」と冷笑さえ浮かべるように、「2018年の日本では女性が医学部入試で減点されていた」という事実は、未来人にとって、2018年現在の日本があまりに野蛮で差別的な失笑ものの時代であることの証左となる。これはもう決定事項だ。だから私が個人的に憤る必要はない。わかっている。正しくない衝動だって自分でもわかっている。それなのに、ニュースを見るたびに怒りの業火が私を包んでしまう。

でも、つんく♂さんが私の代わりに怒ってくれてるから。「自由な国だから」って高らかに宣言してくれているから。だから私が大声をあげて抗議しないですんでいる。きっとそうだ。ありがとうつんく♂さん。これからも、憤りが私を支配するたびに『自由な国だから』を聴くよ。そしてこの世の残酷さを思って泣くよ。そしてこれからも「私が選ぶよ」。自由な国だからね。朝どの靴をはいていくかも、化粧をするかしないかも、スカートをはくかズボンをはくかも、タンポンにするかナプキンにするかも、コンドームと低用量ピルのどちらで避妊するかも、ドトールのミラノサンドをAにするかBにするかCにするかも、住む場所も、もちろん職業も、この文章を上げることさえも、すべて私が選ぶよ。私の選ぶ権利を迫害する存在には全力で立ち向かっていくよ。

5位  Are you Happy? / モーニング娘。’18

この曲を聴いていると脳がしびれる。頭蓋骨がゆれる。とんでもない熱量と圧を感じて一歩引いてしまう。「ここから出して!」の連呼と「すごい好きだから すごい寂しい」「一緒にいた後は 不安しかない」での主人公女子の意識のゆらぎにつられて、私の心も揺さぶられるんだろうな。

(1位から続く)はーちんは可愛かったなぁ。はーちんがいなくなって私はかなしい。量産型でない個性的な顔立ちなのにとびきり可愛く、一発で顔が覚えられる子だった。声質も可愛かった。頭もよかった。根性もあり、それを表に出さずにスイスイと動ける子だった。彼女に足りないのは歌唱力だけで、それ以外は何もかもを持っていた。それなのに彼女はいなくなってしまった。今のモーニング娘。は、はーちんがのびのびと長期間いられる環境ではないのだ。その事実が悲しい。

この曲ははーちんの卒業曲であり、はーちんの歌だと私は思っている。「ここから出して!」も「来年の誕生日の分 先に愛してね」も、そのままはーちん。モーニング娘。を辞めて名門大学を目指す関西上流階級出身の女子の歌だ。

おそらくはーちんの家族、はーちんの住んでいる世界において、彼女がモーニング娘。であることにそこまで高い価値はない。我々おたくにとってみれば「この世のすべて」と言ってもいいほど高い価値をもつモーニング娘。だけど、おそらく関西名門私立高校出身、フィギュアスケートをたしなむ御家庭において、モーニング娘。であることにそこまで価値はない。大学卒という学歴の方が家庭内での価値がよっぽど高いのではないだろうか。いや、ひょっとしたら「大学に行ってない人間など親戚じゅう見渡しても一人もいない」レベルかもしれない。大学に行かないこと自体があり得ない、考えられない環境なのかもしれない。

はーちんはきっと人一倍苦労しただろう。さまざまな大人の意見に挟まれて、自分が何者で何をしたらいいかわからなくなったのではないか。なんで自分がモーニング娘。に選ばれたのかも、よくわかっていなかったかもしれない。彼女は唯一無二の存在だから選ばれて当然なんだけど。その美貌と上品さと頭の良さ、自己主張の少なさ、すぐに溶けてしまう春の薄氷のような儚さは、彼女のイメージカラーである水色と相まって他の誰にもない魅力を醸し出していたのに。

2番のはーちん唯一のソロパート「努力してるでしょ わたし 幸せになりたい」のはーちんのアップが映るところで、私はいつも悲しい気持ちになる。そうだよ、はーちんは努力していたよ。誰よりも人一倍努力していたよ。はーちんが10年間いられるような、10年後に立派な花を咲かせるような、そんなモーニング娘。であってほしかったよ。

はーちんは道重さゆみと入れ替わるようにモーニング娘。に入ってきた。はーちんは誰よりも道重さゆみに近い存在だったと私は思う。さゆに憧れて芸能界に入ったアイドルは山ほどいる。でもその誰よりも、はーちんは道重さゆみに近かった。さゆのことを全く意識していないはーちんこそが、10年後に道重さゆみになれる。最初は歌もダンスも下手、西日本の名家のお嬢様、とびきりかわいくて個性的な外見、かわいい声質、頭が良くトーク力が高い、ファンサービスの上手さ、画像加工能力の高さ、人知れず努力できる根性。当時のさゆにそっくりである。はーちんが10年間モーニング娘。にいられたら、彼女は道重さゆみになれたはずだと私は今でも思っている。

でも、当時と今は時代が違う。モーニング娘。はもうそこまで人気がない。将来の保証もない。はーちんを引き留められるだけの満足感と充実感を彼女に与えることは、我々にはできなかった。はーちんは芸能の世界に見切りをつけ、自分の家族の世界に帰って行く。

はーちんは頭が良すぎたんだ。はーちんも、ももちも、やなみんも、藤丼も、たぶんよこやんも、みんな頭が良すぎたんだ。だから「ハロプロに長くいても意味がない」って気が付いちゃうんだ。気付いた瞬間にもうアイドルなんてやってられなくなるんだ。わかるよ、そりゃそうだよ。だって今どき、満足に大学にも行かせてもらえないくせに、25歳で追い出されるんだよ!そりゃないよ!現在の20代子女は、大学新卒就職がうまくいかなかったら将来飢え死にする危機感をもって就活に挑んでるんだよ!寿退社とか25歳定年とかあまりに非現実なんだよ!子供が生まれたって仕事は続けるんだよ!片方の親だけじゃ収入が足りないから!給料は上がらないから!高度経済成長時代のおじいちゃんたちと価値観がまるで違うんだよ!

こんなにハロプロが好きな私も、自らハロプロに入ろうとはまったく思わない(※もちろん見た目的にも年齢的にもまったく!入れるはずない!ってことはわかってます※)。私から「学問の自由」と「表現の自由」を奪う団体に私は所属できない。ハロプロ大好きだけど、その中に入ってたった一度の人生をかけることは絶対にできない。だからこそ、ハロプロでアイドルに人生をかける決意をした女子のことは全力で応援する。はーちんは彼女の魅力が詰まった儚く素晴らしい卒業コンサートをした。はーちんが大学に行きたいと思うのは当然の欲求である。「学問の自由」は憲法で保証されている。自分にしかないやり方で幸せになって欲しい。

6位   フラリ銀座 / モーニング娘。’18

フラリ銀座好き。つんく♀ちゃんの恋する乙女の歌がモーニング娘。のシングルで炸裂するのは久しぶりである。うれしい。

銀座から日本橋まで思ったより近いんだな、という現実感と、「腕組んでると二人 星まで行けそう」と感じる、時空を超越した高揚感。この2つが同居している歌詞の世界観がたまらなくつんく♀。好きだ。いつものつんく♀ちゃんの発情ソングだ。

そしてこの曲は石田亜佑美の曲だな。仙台の可愛い田舎娘が、あの!噂で聞く都会の街!銀座に!行くから!すごく頑張って!はしゃいじゃっている!様子がとてもよく出ている。ワクワクが手に取るように伝わる。自分なりに頑張った(結果的にレトロになってしまった)服で、初めて銀座に行く!しかも彼氏と歩く!その高揚感(星まで行けそう)と身近な現実感(銀座から日本橋まで思ったより近い、飯もうまい、という実際に街を歩いてみたときに心に浮かぶ意識の流れ)の両立が素晴らしい。ダンスのセンターをあゆみんが張ってるのは当然だと思う。

7位    46億年LOVE / アンジュルム

往年のSMAPの名曲を作っていた林田健司さんの曲。ハロプロ提供はこれが初めて。ファンキーでとてもいい曲だ。むしろなぜこの曲を男性アイドルに提供しなかったんだろう?ジャニーズの男性アイドル達が歌っていれば、かなりのヒット曲になったのでは?そっちの方が林田さんのもらえる印税額も多かったのでは?こんなにいい曲をもらえて、我々ハロヲタとしては本当に嬉しいしありがたいのだけれど、純粋に不思議です。

アンジュルムはこれまでいろいろな路線を模索してきた。その中でも私はファンク路線が好き。『臥薪嘗胆』が好き。『うまく言えない』が好き。男性ボーカル加工された『臥薪嘗胆』がとても好き。

こういう男性ファンクボーカルっていま、岡村ちゃん以外あんまりいませんよね。当時のSMAPや一時期の関ジャニ∞が担っていた役割。誰か来てくれ!和製ファンクで女性ファンを魅了してくれ!待ってます。

8位    ハロー! ヒストリー / ハロプロ・オールスターズ

ヒャダインさんがとても丁寧な仕事をしてくれている。ありがたい。ヒャダインさんはハロプロ全グループをよく見てるなぁ。もっといろんな場面でこの曲を歌って欲しい。

ドラマ主題歌になった『蓼食う虫も like it!』より、『ハロー! ヒストリー』がずっとずっと好きだ。ていうかどうしてドラマタイアップが『蓼食う虫も like it!』なの?ハロプロ楽曲大賞を取った『46億年LOVE』がB面扱いなのはなんで?

もちろんヒャダインが悪いわけではない。だってヒャダインの作った他の曲、『ハロー!ヒストリー』も『WE ARE LEADERS! ~リーダーってつらいもの~』もすごくいいのだから。どうしてハロプロは、良い商品ほど奥に隠して陳列するんだろう?どうして?客として純粋に不思議。結局のところ、ハロプロという組織はたくさんの大人の声が入れば入るほど楽曲がダメになっていく場所なのだと思う。なぜかは知らない。

9位   雑煮でケンカしてんじゃねーよ / 宮崎由加(Juice=Juice)、牧野真莉愛(モーニング娘。’17)、川村文乃(アンジュルム)

これから正月のたびに脳内でこの曲が流れる。確実に毎年流れる。私の灰色の脳細胞はそういうしくみになっている。雑煮でケンカなんか誰もしないわ。でも「雑煮」を話のネタにさまざまな食卓で自分の生家の風習について語らなければいけない場面は、私のこれからの人生においてきっとたくさんある。毎年ある。そのたびに私の脳内には「雑煮でケンカしてんじゃねーよ♥」という宮崎さんの少し外れた可愛い歌声が流れ続けるのだ。彼女が卒業した後も、歳をとった後も、ずっとずっと。こんなに恐ろしいことはない。渡部チェルさん恐るべし。

以上です。2018年は豊作の年でした。つばきファクトリーの曲ぜんぶ、「Never Never Surrender」「銀色のテレパシー」「春恋歌」「青春シンフォニー」「夜中 動画ばかり見てる…」「マナーモード」「Uraha=Lover」もよかったですが、特記すべきことが少ないので割愛しました。

2019年は術後5年を迎えるつんく♂さんの復活と、BEYOOOOOOOOOOONDSの展開に期待しています。奇妙奇天烈だけど現実味がある(ここ大事)小劇場をお願いします。(2018/3/20)