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医師兼漫画家 森皆ねじ子

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『クラシカロイド』二期のクラ・クラがたぐっちとれなしに見えてつらい

今から愚痴を書きます。

私はこぶしの辞めた三人が好きだった。昨今のハロプロは私の好きな子から順に辞めていってしまう。大上先生には「いや、あなたの好きな子から辞めていくんじゃなくて、あなたの好きな子だから辞めちゃうんでしょ」と言われた。そのとおりだ。私は、不条理を我慢せず、与えられた椅子を蹴って、自分で自分の人生を切り開いていく決心を固めちゃうような気丈な女の子が好きなのである。若さ故の無鉄砲なのかもしれない。でも、ロックってそういうものでしょ。モーニング娘。って、ロックボーカリストオーディションから作られた集団でしょ。デヴィッド・ボウイも言っているではないか。「若者が怒りの精神を持ったり、刹那的な振る舞いをするのは大事なことだと思うよ。若いってのは、そういう事なんだからね。でも、それはやがて過ぎ去って新しい視点を持つようになる。その段階に至る為には、そういう無鉄砲な時期が必要なんだろうね」と。

思えば最初から、私は福田明日香が好きだった。当時は「推しメン」なんて言葉はなかったけれど、私の最初の推しは福田明日香で、人気絶頂の中一人違和感を感じ、静かに辞めてしまうような心の持ちようが好きだったのだ。

藤丼もたぐっちもれなしも、私はまったく悪いとは思っていない。むしろ当時の彼女らを取り巻いていた状況を思えば「そりゃ辞めるわ」と思う。彼女たちが憧れて入ってきた頃のハロプロはもうないのだ。あの頃はつんく♂がいた。今はもういない。これは思っている以上に大きな変化だと私は思っている。

この変化の差は、当時「おはガール」レギュラーの仕事がありながらもある日突然いなくなってしまったサキチィに対する、つんく♂からのお知らせを振り返ることでもよく分かる。

スマイレージに関する大事なお知らせ

「また、本人はまだまだ未熟な学生で未成年です。
社会人なら仕事を途中で投げ出すようなことは許されないのかもしれませんが、
彼女のまっすぐな気持ちをご考慮いただき、どうか温かく温かく見守ってあげてほしいと
願っております。」

藤丼とたぐっちに対する西口社長から出たお知らせとの差は歴然としている。二人に関するお知らせは脱退の責任をすべて未成年女子にかぶせる内容であった。本当はいったい何があったのかは知らない。知るよしもない。でも、本名で、素顔を完全にさらして、青春を投げ打ってアイドル活動をしてきてくれた未成年の女子に対するデジタルタトゥーとして、あまりにひどい文章であると私は感じた。財産も地位もある会社上層部の人間がただ自分の保身だけを考えた末に出てきた文章に、私には見える。自己保身ばかりで、メンバーへの愛がない。リスクを冒して大切な思春期に長期間活動してきてくれた女の子への感謝の念がまるで見えない。彼女らは、いくらステージの上で大きく見えても、板を降りればただの小さい女の子だ。当然社会的に弱い立場である。しかも彼女たちにはこれからも長い人生がある。日本女性の平均寿命を考えればあと60年はある。この先の人生の方がずっとずっと長い。

結局、私はいまだに、藤丼とたぐっちに対する事務所からのお知らせの文章を許容できていないのだ。つんく♂のいないハロプロという組織に、希望が持ちにくい理由の一つでもある。

そもそも、これまでのハロプロという組織はつんく♂が父親だった。それは変えようもない事実だ。女の子たちは、つんく♂が親だと思ってハロプロに入ってきたのである。メンバーの親だって「いざとなったらつんく♂さんが守ってくれる」と思っていたからこそ、不安定で危険な噂が絶えない芸能の世界に、大切な子どもを預ける決心をしたんだろう。それなのに、現在のハロプロは、ある日突然つんく♂という実父と引き離され、突然あらわれた知らない人間が継父を名乗り、しきっている状況である。しかもこぶしファクトリーは当時唯一つんく♂のオリジナル曲が与えられていなかった。そりゃ家を出て行く決意をする子もいるだろうし、継父に反発する子も出るだろうし、そんな人事を行った上層部を憎く思う子もいるだろう。当たり前だ。

突然仕事をやめるだなんて無責任?何を言うのか。そういう不安定さこそが、思春期の少女だろう。思春期の子どもの不安定さや刹那的な振る舞いを消費し、楽しむのがハロプロのアイドル文化である。こんなときだけ格好つけて、建前を押し付けないでほしい。人格的にも肉体的にも成熟して安定している女性を応援したいなら、成人女性を応援すればいいのだ。そんな文化はたくさんある。AKBに行くなり坂道を登るなり女優なり声優なりキャバクラなり風俗なり普通に彼女を作るなりして、成人女性をたっぷり愛すればいい。安定して仕事もできる、契約で縛ることもできる大人を。突然いなくなったり、情緒不安定になったりしない大人の女性を。その方がいいに決まっている。でも、ハロプロのファンはそうじゃないでしょ?事務所も違うでしょ?

ハロプロのファンも、事務所も、つんく♂も、結局一番好きなのは14歳の少女なのだ。これは疑いようもない。もう少し幅を取るなら、8歳から17歳くらいまでの少女。初登場は若ければ若いほどいい。山のピークは14歳。まだ初潮も来てなさそうな少女を集め、ともに思春期を迎え、迷い、とまどい、ゆらぎ、ほころび、変化し、ときに無茶をし、心と体が成長する姿を楽しむこと。これこそが真のハロプロである。彼女らの若さと迷いと衝動こそがハロプロの真骨頂であり、つんく♂のアイディアの源であり、我々ハロヲタの生きる糧なのだ。思春期の少女の変化を楽しんでいるのだから、我々は彼女らの不安定さも同時に受け入れなければならない。私たちは児童を労働させ、あまつさえそれを楽しんでいる鬼畜である。児童を働かせているくせに、情緒不安定や無謀さだけを責めるのはおかしい。当たり前だろ、思春期なんだから。

思春期の少女の無鉄砲さを許せないのなら、大人を応援すればいい。青春を通り過ぎた年齢の、自分の判断ができて強かな野心がある子はたくさんいる。、ハロプロにだっている、宮崎由加ちゃんとか金澤朋子ちゃんとか飯窪春菜ちゃんとか。でも、彼女らはハロプロであまり人気が出ない。あくまでも傍流だ。ハロプロの主流はやはり、14歳までに加入した小さい女子と、その成長する姿なのである。我々が愛しているのは思春期の迷いであり、ほころびであり、衝動であり、不完全ながらも成長の余地を残している姿なのだ。不安定だからこそ、成長する。そのどちらかだけを味わうことはできない。両方おいしくいただかないと。事務所のお偉いさんたちもね。どちらかだけなんて無理よ。

ちなみに今の日本の基準でこれはロリコンとされる。光源氏が紫の上を手篭めにしたのは13歳だし、ほんの少し前は普通に「ねぇやは十五で嫁に行き」と歌っていたのだから(数え歳で15だから満13~14歳のはず)歴史を考えればそのくらいの少女を神聖視するのは何ら不思議ではないのだが、現在はロリコンとされる。

というわけで藤丼とたぐっちとれなしは、我々のような鬼畜でロリコンなクズどものことはきれいさっぱり忘れて、自分の実力で自分にしかできない仕事を積み重ねて、自分の人生をつかんでいってほしい。次はもう誰からの評価も気にしないでいい。お偉いさんやお金持ちに気に入られなければ一生上にのしあがれない世界とは違う。異性の客や上司に、大なり小なり女性性を駆使して接しなければ生き残れない世界とは違う。自分自身の力で、誰にも奪われない評価を、自分の手でつかみ取っていくことができる世界に、あなたたちは帰ってきた。これからがあなたたちの人生だ。ふんばってほしい。あんな奇妙な契約解除の文章のことは忘れていい。何がハロプロのルールだよ、できるもんなら内容を明文化して発表してみろよ。公表することすらできないルールのくせに。思春期に思い悩むのも、さまざまなことをして自我の確立のためにあがくのも、その中で周囲の大人に反発するのも、怒りの精神を持つのも、当然のことなんだよ。それがなければ次のステージへ進めない。私だって18歳の頃はそうだった。

「本名であんな文章を残されたら、ろくなところに就職できないぞ」なんていう言葉はまったく気にしないでいい。それはただの呪詛だ。そんなことを言っている奴らよりもいい大学に行くなり、いい資格を取るだけで、そんな呪詛は簡単に吹き飛ぶ。心配ない。キャリアとはそういうものだ。それでも、もし本当に就職に困ったら、藤丼もたぐっちも私のところにいらっしゃい。二人とも愛してるよ。れなしはきちんと定期的に病院に通ってね。お願いよ。

(2018.8.20 衝撃から一年ほど経過したのでアップロードしてみた)